2011年06月07日

結婚と好不調(テレビアジア前夜祭コメント)

第23回テレビアジア選手権が始まりました。
(中国での呼称は招商银行杯 亚洲电视快棋赛(招商銀行杯亜州電視快棋賽)。)

山田規三生九段は台湾台北での中日精英賽(台日プロ選手権)を終えたばかりで中国北京へ。慌しいですねー。

日中韓7名の棋士が出場する棋戦です。

sohu.comに6/6の前夜祭の写真特集がありました。
抽選のくじは端午節(旧暦5月5日)にちなんで粽子([zong4zi]ゾンズ ちまき)をかたどった布細工。(写真 かわいい。)
棋士の方々には「ちまきの香りを包んだ贈り物」があったそうです。
(ちまきの香り? 竹や蓮などの香りをつけたものってことだと思います。依田さんは喜んで、プレゼンターの女性にもお礼を述べられたとか。)

出場棋士の棋戦への抱負記事の訳。インタビュアーは中国棋院の王誼さん。


元記事:sohu.com(中国語)
http://sports.sohu.com/20110606/n309424223.shtml

訳ここから→→

山田規三生:今は若手の天下ですが、がんばって中年棋士のプライドを見せたいです。


朴廷桓(韓国):テレビアジアへの参加は初めてです。いい成績を残したいと思います。



王磊(中国):前回参加したアジア大会は14年も前です。山田九段が言われたように、今は若手の天下です。今回私が棋戦参加資格を得たのは若手が私にタイトルを譲ろうというのでしょう。私に譲ったのが無駄ではなかったと若手の彼らに申し訳が立つよう、私は明日勝たなくてはなりません。

依田紀基:王磊さんが中国ではオールド棋士とみなされているそうですが、日本ではまだまだ若手です。明日は(年長の勝ちを)私に譲っていただきましょう。
王誼:多くの中国の囲碁ファンには「依田老虎」が何年も猛威をふるっていないと感じられますが?
依田紀基:中韓同様、現在日本の若手も成長著しく、私がタイトルを取るのは難しい。国内成績もよくないので国際棋戦に参加する機会が少ないのです。
王誼:今回テレビアジアに参加されるご感想は?
依田紀基:もったいぶるつもりはありませんが、明日の対局が終わったら言いましょう。



鐘文靖(中国):テレビアジアには初参加です。先ほどパンフレットを見ていたら、どの棋士もまばゆい成績の方ばかりで、私の成績だけ地味です。それでも中国の代表です。精一杯がんばります。



白洪淅(韓国):さっき鐘文靖さんがおっしゃったのは正確ではありません。私こそ無名の棋士です。しかし、明日の対局後は自分の名前を広く知らしめたいと思います。



最後に登場したのはチャンピオンシードの孔傑である。
王誼は「テレビアジアでは武宮正樹九段の4連覇が最多です。ご自身も2連覇中ですが、武宮さんの記録を破ろうとお考えでしょうか?」

孔傑:依田さんがおっしゃったように、わたしも明後日(第二戦)の後で言おうと思います。
王誼:聞くところによると、孔傑さんは結婚後棋力が向上されたとか。三つの世界タイトルも獲得されました。花の新婚パワーがなくなって、コンディションはよくないのでは・・・。
孔傑:そうも言えないでしょう。どの棋士にも好不調の波はありますから。
王誼:では、コンディションの良し悪しと結婚は無関係だと?
孔傑:そうではなくて、結婚が棋士をより成熟させると・・・。
王誼:わかりました。つまり、孔傑が世界タイトル三冠を獲ったことと結婚には関係があるけれど、最近の不調と結婚は無関係だと!
(会場、拍手と笑い。)


→→ここまで。

結婚してる方にもそうでない方にも勉強になりますね!


好調はパートナーのおかげ、不調は自分の責任ですって^x^




6/7
11:00
山田規三生九段 白半目勝ち 対朴廷桓九段(韓国)(213手完)
15:00
王磊八段(中国)黒半目勝ち 対依田紀基九段(361手完)

6/8 
11:00
白洪淅八段(韓国) 対 鍾文靖五段(中国)

14:50 準決勝(1)
孔傑九段(中国) 対 山田規三生九段

6/9 
15:50 準決勝(2)
王磊八段  対 6/8白洪淅八段-鍾文靖五段の勝者

6/10
14:00 決勝

TOM棋聖道場のテレビアジア選手権棋譜ページ
http://weiqi.sports.tom.com/zhuantinew/75.html

posted by もっも at 20:54| Comment(4) | TrackBack(0) | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月05日

レドモンド九段のヨセ勉強法インタビュー訳

第32回世界アマ囲碁選手権戦島根大会が終わりました。

ネットで検索していたら、去年(2010年)中国杭州での開催に取材したAGA(American Go Association:アメリカ囲碁協会)の記事が面白かったので紹介します。去年の記事だから知ってる人のほうが多いのかもしれませんが。
日本棋院所属の、アメリカ出身のマイケル・レドモンド九段へのヨセの勉強、プロの勉強方法などについてのインタビュー訳。


(今年の大会のRANKA online(International Go Federation)の レポート記事も面白いです。
AGAでも同じ写真が使われてますが、日本代表の84歳の平田博則さん、写真がとてもクールです☆)

中国語だけでなく英語も素人なので、^p^
訳でお気づきのところがあればご指導ください。

※一部訂正しました。さこさん、ご指導ありがとうございます。


マイケル・レドモンドの囲碁研究:強くなるには、プロの勉強法(リンク先:AGA、2010/6/14の記事 英語)
http://www.usgo.org/news/2010/06/michael-redmond-on-studying-improving-your-game-and-how-the-pros-train/


→→記事訳ここから→

「ヨセの勉強は布石に効果がありました。」
マイケル・レドモンド九段は、中国杭州の世界アマチュア囲碁選手権でのE-journalの取材に答えた。レドモンドはE-journalに公式戦について寄稿もしている(会員限定記事。登録はコチラ ※訳注:有料です。)
今回は彼の碁の勉強法、碁の上達法、日中韓のプロの訓練法についての考え方の違いについて語ってくれた。


 

およそ昨年一年、レドモンドは昔のお城碁について、特に終局に注力して研究してきた。
「結果、非常に高度の対局だと分かりました。対局者は決して手を緩めないが、両者の均衡に努めていて、好所/急所の判断がよい。私の碁にも影響を大いに与えました。」
「一手一手の進行により慎重になりました。」


 

レドモンドはさらにヨセの上達に努めなくてはならないと知った。
「終局図を随分集めました。ワードに入れてプリントアウトしてます。」
レドモンドはポケットからクリップで留めた紙の束を取り出した。《※訳注:元記事ページに画像あり》
「去年やったことは、終局図から最終の三十手を再現するということです。私が好きなのは事実であって対局者の名前はあえて記録していません。(特別な対局者の)逸話などを思い起こしてしまいますから、そういうのは見ないほうがいいんです。私は結果だけ――たとえばこの対局では白一目勝ちとか――メモする。そうすれば脳内碁盤に集中して計算しなければならない。それがヨミの力を鍛えたと思います。ヨセを読む力だけでなく、死活問題の力も。」



レドモンドは説明した。
「ヨセで同じ大きさの二つの手があったとします。しかし二つの手はそれぞれ異なる終局図となるでしょう。」
彼は6分の1目か12分の1目か、という細かいヨセの計算に話を進めた。
「単純なヨセではこれだという手があります。きっちり計算すると相手に手が生じたりコウの可能性もありますが。」付け加えて「計算すればいいというものでもありません。実際のところ複雑です。どちらの手が大きいか確認しようもない。ただ読む、そうすればはっきりするでしょう。私は五十手のヨセを勉強して、今は三十手を読めるようになりました。」



レドモンドはそのうち百手を読めるようになるだろう、と見ている。
「トップ棋士は一時間かけずに百手を読めますから。もし自分がある局面
で百手を読めるようになれば、大きな違いが生じるはずです。」

ちょっとややこしいかもしれないけど、とレドモンドははじめに断って「手の大きさを数えるということ、私はこれを何年もやってきて全く役に立たなかった。まあ役に立ったと言ってもいいけど、正確ではない。その方法では二目くらい簡単に間違えてしまうからです。」



レドモンド自身や他のトップ棋士がどのように勉強しているか尋ねると、彼は答えた「人それぞれですよ」。
付け加えて「日本の碁全体の弱さの一つはコーチ/監督をもたないということです。われわれ(日本のプロ棋士)は皆自前でやりくりしなくてはなりません。中国はコーチ制度を持っているし、韓国もそうでしょう。私はコーチを持つのはいい方法だと思います。」
コーチ制度のマイナス面は「個人の対局のレベルを低下させてしまいます。私は中国が(棋士個人という単位で)強さを維持していくのは難しくなるだろうと見ています。」とのことだ。

 
 

逆に日本には日本の隠れた強さがある、とレドモンドは語った。日本の棋士は新しい中韓の潮流にさらされているわけではない。
「強さというのは棋士自身のことです。個人的な研究の中で生涯身につく碁の感性を磨いていく。だから両方の方法に長所があると思います。」



 

レドモンドは最近インターネットでは対局しないのだと言う。「自分の碁を磨く手立てになっていなかったと思う。相手が見えない状態でベストをつくすのは難しい。対局での精神状態が違うんです。目の前に対局相手がいたほうが自分は集中できる。だからそっちをもっと楽しもうと思います。」
レドモンドは対局こそ上達の近道だと話す。
「自分の強さに人が接近してくる、ちょっと強いか弱いかというレベルで。すると今までとは違った見方が得られる。それから自身の対局を見直してご覧なさい。」

-記事: Chris Garlock、写真: John Pinkerton




以上、記事訳終わり☆


posted by もっも at 17:15| Comment(2) | TrackBack(0) | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月22日

井山名人のコメント&動画(博賽杯金佛山国際囲碁超覇戦)

博賽杯金佛山国際囲碁超覇戦。

中国重慶の「国際旅行博覧会」という金佛山(ジンフォ山、きんぶつさん)を観光地として売り出すイベントの一環で、日中韓の囲碁三名人による巴戦が行われ、井山裕太名人が中国の古力名人と韓国の李世石国手を制して優勝しました。

井山裕太名人のコメント。
(日本語のコメントが中国語になった記事から再訳出しています。実際の発言とは一致しません。)

参考記事 

sina.com
http://sports.sina.com.cn/go/2011-05-18/17065582233.shtml

棋城(台湾)

http://www.9star.com.tw/shownews.asp?id=3994

棋城の記事の真ん中辺り:井山名人のコメント抄訳部分の訳。
「(二日目、古力との対局について)布石は自分のほうが不利でした。右上を獲った後形勢が五分に近づきましたが後半複雑になりました。運よく勝てたと思います。古力さん李世石さんというトップ棋士に連勝でき、今日はプロになってから最高にうれしい日です。しかしまだ肩を並べたとは言えません。国際棋戦でますますがんばっていかないとと思います。」


一日目(2011/5/16):井山裕太(黒)対李世石 黒番中押し勝ち(リンク先LGS 棋譜再生)



二日目(2011/5/18):古力(黒)対 井山裕太 白番中押し勝ち(リンク先LGS 棋譜再生)




sina.comの動画。CCTVの朝のニュースで「超覇戦:古力、銀」の報道。対局映像がちらっと映ります。
井山名人のコメントシーンはありません。
「日本小将」は「日本の若手のエース」の意味。



三村智保九段がブログで「名称が長い・・・」とおっしゃってましたが(たしかに長い^w^)、
この対局の略称キーワードは中国では「金佛山」「超覇賽(スーパーマッチ)」のようです。

日本国内の報道は、日本棋院が大会後にオリジナル呼称を付け替えたり中国語名称に順ずる形にしたり(した影響か?)、
毎日.jpは「博賽杯金佛山国際囲碁超覇戦」、
YOMIURI ONLINEが「金佛山博賽杯国際囲碁選手権」、
asahi.comが「中国・重慶市で開催された日本、中国、韓国の一流棋士3人による大会」「『国際旅游文化祭』の一環」 
と表記にぶれがあります。

主催の中国側の名称「博賽杯金佛山国際囲棋超覇賽」は、単語だけ訳すと”Exhibition Game:Mt.Jinfo International Weiqi Super Match” のような感じです。
日本棋院は「博賽杯」を協調したいようですが(「杯」が付いてるから?)、個人的には中国の報道同様「超覇」を推したいところです。
だって、タイトル呼称として井山超覇!(ちょうは/チャオバ[chao1ba4]:国際囲碁スーパー)のほうが博賽(はくさい/ボーサイ[bo2sai4]:イベント対局、非公式戦のニュアンス)を前面に出すよりだんぜんかっこいいやん。


「井山白菜」で作ってもよかったなー、久しぶりのなんちゃって碁新聞。

20110522_1.jpg

画像は壁紙宇宙館さんから。
posted by もっも at 17:03| Comment(3) | TrackBack(0) | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月21日

張栩棋聖の義捐金とコメント

4月19日に棋聖就位式が行われ、防衛を果たした張栩棋聖は獲得賞金の三分の一にあたる1500万円を東日本大震災復興のための義捐金として贈ることを表明されました。
台湾のニュースサイト中時電子報chinatimes.comにもう少し詳しい張栩さんのコメントがありましたので、コメント部分だけ訳します。

元記事
http://news.chinatimes.com/sports/11051203/112011042000401.html

(記事は、日本語での挨拶と台湾中国語でのインタビューを台湾中国語でまとめたもので、それを日本語に再訳出しています。加えてわたしの訳なので(><)、伝言ゲーム的にニュアンスにずれが生じていると思われます
(それで、あとから日本語記事を検索して脱力した・・・。中時電子報には日本語記事には出てこないコメントもあるからこれはこれで、・・・ふぅ。^w^)


棋聖戦主催の読売新聞の日本語記事
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20110419-OYT1T00927.htm

台湾駐日経済代表処(大使館的役割のところ)の日本語記事
http://www.taiwanembassy.org/JP/ct.asp?xItem=195032&ctNode=3522&mp=202

写真多めな台湾のLGSの記事(おじさん度数の高い会場の様子が見られます^x^)
http://bit.ly/hPynOq


---------chinatimes.com記事抄訳ここから

・義捐金を贈るにあたって
「台湾が私の産みの親なら、日本は育ての親です。このように多くの日本人が苦難にあるのを見て自分も何か力になりたいと思いました。」

・3月11日大地震発生当日の対局を振り返って
「(対局地の)甲府は震源から遠かったですが、それでも揺れはかなり大きかったです。震度は5位でした。その時は対局に集中していたので、何が起こったのか全く分かりませんでした。対局後に震災の状況を知って、よく打ち終えたものだとぞっとしました。ずっと自分は棋士としてなすべきことをするのだと考えていましたから。」


(就位挨拶で)「日本今非常に辛い時期にあります。一人ひとりが最大の努力をすれば状況はきっと好転するでしょう。自分も対局に全力を尽くし、囲碁界から明るいニュースを提供したいと思います。日本棋院の主催する復興支援活動にも積極的に関わりたいと思います。」



・震災の私生活への影響を聞かれて
「娘の心澄(こすみ)と心治(こはる)は地震にびっくりしたようです。東京の家には何の影響もありませんでしたが、気分が落ち込んだようで二人の活発で可愛い様子が見られなくなりました。かえって自分たち親がしっかりしなくてはという気になりました。」



・林海峰のコメント
(張栩の師の林海峰は日本囲碁界で長年活躍しているが、棋聖位には縁がない。今弟子が彼の心願を叶えた。)
「張栩は一勝二敗の状況から三連勝で逆転した。これぞ奇跡の防衛と言っていいでしょう。」

--------記事抄訳ここまで。




張栩さんが台湾で棋戦主催したり、お父上に協力して学校での囲碁普及に関わったり、というこれまでの活動が台湾からの今回の復興支援としても返ってきている、とも思います。



◆参考過去記事
張栩杯:台湾の13路オープン棋戦
台湾の高校で囲碁コース設置に尽力
 その2
台湾棋院の震災復興支援イベント


張栩棋聖、地震の中の対局を語る
張栩の父が見た地震当日の棋聖戦

posted by もっも at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月10日

謝依旻さん取材記事和訳

台湾の囲碁サイト棋城に黄龍士佳源杯での謝依旻さんへの取材記事が掲載されていました。
元記事
http://www.9star.com.tw/showtalk.asp?id=954


碁のことから結婚のことまで。
地震当日の女流名人戦の様子やその後の対局の話も出てきます。


元記事の文体を日本語として読みやすくなるよう一部変えています。

最後のお母さんの重要発言の訳し方を助けてください〜。
 


☆記事和訳ここから→

日本で活躍する女流囲碁棋士謝依旻女流三冠は女流名人位を防衛した。彼女のプロ棋士として11個目のタイトルであり、日本のプロ女流囲碁の個人獲得タイトル数の記録を塗り替えた。

この快挙は第23期女流名人戦である。
謝依旻は第一局で挑戦者向井千瑛に敗北を喫した。
第二局は3月11日に日本棋院の7階特別室で行われた。張栩の棋聖防衛の一局と同じく日本有史以来最大の地震に見舞われ、本局は中断を余儀なくされた。


※元記事には写真:黄龍士/黄竜士杯開幕式会場で謝依旻と母親。
(写真説明)謝依旻は日本チームの代表として日本棋院から黄龍士佳源杯世界女子団体戦に参加し、母親が駆けつけた。

 

昨年2010年の杭州アジア大会で謝依旻は張栩と同じく中華台北の代表として出場し尽力した。一敗の土がついたものの、中華台北女子チームの銅メダル獲得の大功労者である。今回の黄龍士佳源杯は棋院単位の対抗で、謝依旻は日本棋院の棋士として出陣することとなり、依旻の母も応援に駆けつけた。東日本大震災の後、母娘の初の対面である。
 

 
先月2011年3月の大地震の際、はじめは通信トラブルですぐに連絡できなかったため、苗栗(びょうりつ/ミャオリー:依旻の実家がある台湾の中部)の母は心配した。しかし「依旻は肝がすわっているから母親があれこれ不安になる必要はありません。そもそも日本の建築は耐震がしっかりしています。それに地震の当日依旻は女流名人位の防衛に頑張っているんですから(対局中の彼女に連絡のしようもありません)。」



 

地震当日の一局は、日本棋院7階の特別室で行われていた。謝依旻は黒番で向井千瑛と対戦。午後2時(46分)地震発生時のことを依旻が話した。「はじめの揺れは小さくて、皆おおごとだとは感じませんでした。誰かがこれは大きいぞと言い、続いて盤上の石がボロボロと落ちました。対局者と記録・読み上げの係は立会人の対局停止の指示で建物の外に出ました。」



 

地震の規模はマグニチュード9、東京の震度は5.5であったが対局場は7階である。依旻の話によると、(高層の7階の対局室では)碁盤や記録席の菓子も大きく揺れた。時間にして約5分。彼女はこれまでこんな大きく長い揺れを体験したことがなかった。台湾の921大地震の時依旻は中国にいたので921の揺れを知らない。
今回の地震は地震国日本でさえ最大のものであった。
 
(※921大地震。1999年9月21日。台湾中央部で発生、M7.3〜7.6。台湾史上最大の地震。
http://ja.wikipedia.org/wiki/921%E5%A4%A7%E5%9C%B0%E9%9C%87
このときの日本からの大きな救援支援が台湾では今も強い印象を残しており、今回東日本大震災復興への台湾の支援熱に繋がっていると言われる。)



 

謝依旻:「ご存知の方もいるように、同日行われていた棋聖戦(第6局:張栩棋聖−井山名人)は最後まで打ち切りました。なのになぜ女流名人戦は中断したのか(と聞かれます)。」
依旻は説明した「棋聖戦第6局の会場は東京よりさらに南方の山梨県甲府市で震度も東京に比べて小さいものでした。建物は平屋でビルのような建物そのものの揺れはありません。だから並べて較べることはできません」と。

 

謝依旻:「一度目の揺れが収まってから皆対局室に戻りました。対局室がめちゃくちゃになっていただけでなくエアコンの中の黒いススまで飛び出していました。」
片付けをして対局を再開し依旻が石を打ち下ろそうとしたときまた余震が起こった。立会人は停止を指示し、また一同建物の外に出た。
余震の頻度は高く、このように皆行ったり来たりという状況だったので立会人は謝依旻に封じ手をするよう指示した。

 

今だからこそ淡々とした口調で彼女は話す。
謝依旻:「封じ手を書いているとき皆この一日を一年のように長く感じているようでした。記録席をちらっと見ると立会の先生がほっとしているのが分かり、これで打ち掛けにしていいんだと実感しました。棋譜を見ると当時の緊張がありありとよみがえります。」

 

その夜自宅に戻って台湾苗栗にいる母に電話すると、母親は依旻に外に出て気晴らしをするように話した。地震の影響が対局や日常生活に出ないようにするためだ。
依旻は話した、その時は日本棋院は対局の延期も決定していなかったし、原発事故の影響も出ていなかった。だからこのまま東京に留まると。

幸いなことに311の前々日、普段は水を飲まない依旻がミネラルウォーターを買いこんでいた。さらに台湾から持ってきた焼きそばや牛肉麺の類の箱もたくさんあった。その後福島の原発事故の影響で東京は計画停電を始めた。しかし依旻の住まいの近くには大きな病院もあり、停電の影響は受けなかった。依旻の生活はいたって普通だった。
(※大病院がある地域だから停電の対象外なのかどうか当方に分かりませんが、依旻さんはそう解釈して話したようです。「好巧[hao3qiao3 ハオ チアオ] ちょうどいい具合に、折よく」。ほんとそうですね。)



 

それより残念だったのは地震三日後の3月14日のことである。その時点で日本棋院は対局延期の通知をまだ出していなかった。依旻には阿含桐山杯の対局があった。地下鉄は計画停電の影響で運行本数を減らしていて、彼女はスムーズに移動できなかった。じっと列に並び列車を待つ、車内はこれまでになく混んでいる。日本棋院に着いたときは6分の遅刻だった。規定により遅刻の三倍の時間を持ち時間から引かれた。こういうこともあってアマの河成奉に負けた。これが謝依旻が唯一受けた地震の影響だろう。



 

地震当日の対局は15日に再開の予定となっていた。しかし14日に多くの棋士が対局に来られなかったので、日本棋院は23日に延期した。さらに女流名人戦の第三局は25日。21日にはNHK杯もあった。この週、依旻は月曜から金曜まで一日置きに対局をしたことになる。幸い三連勝、NHK杯では男性の瀬戸大樹七段に勝つこともできた。


 

日本の囲碁雑誌「月刊碁ワールド4月号」では謝依旻へのインタビューと特集を組んでいる。これは女流棋聖の初防衛の記事であり、女流名人の防衛・日本女流界最多の11個目のタイトル獲得についてはまだ掲載されていない。
将来このような記録を立てることは不可能だろうが、日本女流囲碁界で最大のライバルとなるのは誰かと依旻に尋ねた。依旻は迷わず答えた「日本女子最年少初段の藤沢里菜」と。藤沢は11歳半で入段、依旻の14歳4ヶ月の最年少記録をすでに破っている。
 


依旻にいつごろ結婚したいかと尋ねると依旻の母が口を挟んだ「相手がいたら言うでしょう」。現在まだ21歳の依旻は笑って話した。彼女の計画は「30歳で結婚、2年後に子どもを産んで、さらに3年したらもう一人」というものだそうだ。
これは張栩の妻である小林泉美の結婚後のイメージだ。小林は二人の子をもうけ、自ら張栩の最大の支えとなり、気配りをしている。張栩の対局成績や考え方などに妻の存在は大きい。

ともかくはっきりしているのは、この10年のうちに謝依旻は女流囲碁界で活躍し後輩が追いつけないような記録を打ち立てるだろうということだ。


(※「也要有対象才説」って「もし相手がいたら言う」で合ってます・・・よね? この辺りいろんな意味でドッキドキです。^x^)

以上、記事終わり☆
posted by もっも at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月31日

聶衛平さんインタビュー記事和訳


先日日本棋院所属の孔令文六段のインタビュー和訳記事を出しましたが、そのお父さんの中国棋院の重鎮・聶衛平さんインタビューが新浪新聞台湾に掲載されていたので今日はこちらを。
3月12日付の記事です。

(地震でなかなかゆっくり読めなかったんですが、読むと「塔矢行洋」ばりに? パワフルな方と感じられて面白かったです。)

例によって素人訳です。
訳のなかの※印は当方がつけた補注です。

sina.com.tw掲載の元記事
http://news.sina.com.tw/article/20110312/4259950.html

聶衛平(じょう・えいへい/Nie Weiping ニエ・ウェイピン: 1952年〜)
中国の囲碁棋士。
中国囲棋協会副主席、中国棋院技術顧問。
1980年代には日中スーパー囲碁などの国際棋戦で主将として「鉄のゴールキーパー」と呼ばれる活躍を見せ、古力・常昊ら現在のトップ棋士を育てるなど中国の囲碁の発展に寄与した。日本棋院所属の孔令文(こう・れいぶん)六段は実子。
1988年中国囲棋協会から名誉称号「棋聖」を授与された(タイトル称号ではない)。
聶衛平道場はこれまでに中国の約20箇所で2000人以上の囲碁少年を育てている。(oro囲碁の記事による)

インタビュー内容はこんな感じ・・・
◆「聶衛平旋風」はコピーできない
 (※現在の中国のプロ囲碁棋士について)
◆孫の碁に期待
 (※自身の娘と孫について)
◆檀嘯(タン・シアオ)は未来の世界チャンピオン
 (※聶衛平道場の弟子について)
◆何もなければ、寝るもんです。
 (※爆睡事件ほか)

 
以下インタビュー記事から翻訳・・・ここから。


記事タイトル:聶衛平、成都に囲碁を語る「今の棋士は『コミュニケーション力が低い』、ライバル探しが難しい」

北京新浪網 (2011-03-12 05:38)による

(※「コミュニケーション力が低い」は原文では「悶葫蘆[men4 hu2 lu]」。
成語辞典サイトによると、「相手に話や事情を分かるように伝えるのが難しい、その人や様子」の意。「もにゃもにゃして何を言いたいのか分からん」という感じ。ぴたっと来る日本語がありそうで見つからん・・・><)


「棋聖」聶衛平氏は十年来、西南棋王戦に欠場したことがない。彼はこの棋戦で最も歓迎されているスターである。
昨日(2011/03/11)今大会の開幕に際し、いつもウィットに富む聶衛平氏は成都商報の単独インタビューに答えた。
氏の子どもや孫の碁についてだけでなく、未来の世界チャンピオンの人選も見据えた談話である。加えて氏は今年5月には成都で四川囲碁チームの助っ人として働く予定である。
「これが今のわたしが唯一四川の囲碁事情にできるサポートだから」。




◆「聶衛平旋風」はコピーできない

成都商報:中国チームは中日韓の国際棋戦で韓国に負けて成績がふるいません。目下中韓で最強の棋士は誰だとご覧になりますか?

聶衛平:総合的に見ると、我々中国が韓国に比べてひどく劣っているわけではありません。優勝の総数は中国のほうが多いのですから。団体戦での成績はなんとも言えませんが、先日の深センでの対抗戦での勝利は我々に希望を与えました。
(※3月7日に深センで開催された第一回招商地産杯 中韓団体対抗戦の第二ターム。)

成都商報:現在の国際棋戦とかつて聶衛平さんが出場された中日囲棋擂台賽(日中スーパー囲碁)にはどのような違いがありますか?
聶衛平:現在の棋戦への世間の注目度と影響力は当時の比ではないでしょう。私が出場した当時の棋戦には特定の歴史のカラーがありました。しかも中国と日本両国間の棋戦です。現在は中日韓の三国で、一種の対抗戦の性格が強く、「技量を披露する晴れ舞台(擂台[leitai])」の意味合いはそれほどありません。



成都商報:当時の中日擂台賽(日中スーパー囲碁)で「聶旋風」を巻き起こし、ご自身の力で中国の勝利を毟り取る活躍を見せました。現在の棋戦ではかつての聶衛平さんのような活躍を見せる中国棋士はいません。これはなぜでしょうか?

聶衛平:現在の棋士の棋戦への心構えは当時私が抱いていたものとは違います。ほかに重要なのは、彼らが何ものをも恐れない精神境地に達していないということです。
これは彼らと私の経歴の違いに拠るものでしょう。かつて私は農村に下放し大変な苦労をしました。文革(文化大革命)の経験は意志の鍛錬さえさせたものです。
現在のトップ棋士・・・常昊(じょう・こう/Chang Hao チャン・ハオ)、古力(こりき/Gu Li グ・リ)のような・・・は技術上は私を遥かに超えることができるでしょうが、このような人生経験がないので精神面でいささか違いがあるということです。



成都商報:未来の棋戦にあなたのような棋士が現れるでしょうか?

聶衛平:私をコピーしてもしようがないし、そういう人は現れないでしょう。


成都商報:あなたは現在囲碁の勝ち負けを重視されないそうですが・・・。

聶衛平:私が若ければ、現在の棋士よりもっと強烈な勝負魂をもてたでしょう。しかし現在の私は対局の過程を主に味わい楽しんでおり、結果に対してそれほど重きを置いていません。


 


◆孫の碁に期待


成都商報:英雄のお父様をもつ小さいお嬢さんの菲菲さんは碁を打ちますか?

聶衛平:少しだけね。私は教えないのですが道場の先生が教えます。


成都商報:どうして自らご指導なさらないのですか?


聶衛平:私には十分教えるだけの器がありません。自分と娘のレベルに差がありすぎて、遅かれ彼女をダメにしてしまうでしょう。きっと娘を厳しく叱って「なんでできないんだ!?」とやってしまうでしょうね。
ただ、彼女に見込みがあると見るときがくればそのときは、私は全力で彼女に教えるつもりです。


成都商報:見込みがあるというのはどういうレベルのことでしょうか?

聶衛平:プロ初段に近いということです。あの子がアマ6,7段位になれば私はきっと彼女によく教えられると思いますよ。


成都商報:先日、お孫さんの孔コ志さんが杭州に来られましたね。彼も碁を学んでいるそうですが、レベルは如何ですが?

聶衛平:孫の碁は息子の孔令文が教えています。
孫のレベルは菲菲より高いね、李赫(リ・ハ:中国のプロ女流棋士で国際棋戦に出場するトップレベル)に13子の置碁だから、5,6級レベルじゃないかな。
(※聶衛平氏の娘・菲菲さんと孫の孔コ志さんはともに6歳くらい。)



成都商報:お孫さんとお嬢さんそれぞれと碁を打つとしたら、何子のハンデを付けますか?

聶衛平:孫には13子、娘にはそれじゃ碁にならないだろうから20子置かせようかな!



成都商報:後々お嬢さんやお孫さんにプロ棋士の道を進ませたいと思われますか?

聶衛平:もし彼らが興味を持ったら。
孫がもし入りたいといえば(プロ養成を目的とする)私の道場にいれてもいいでしょう。
娘はIQが高くて学校の成績も良いから、彼女についてはプロ棋士の道がいいかどうか悩ましいところです。
将来の碁という点では、孫の方に期待しています。



 

◆檀嘯(タン・シアオ)は未来の世界チャンピオン

※檀嘯(だん・しょう/Tan Xiao タン・シアオ)1993年生まれ、五段。
http://igo.web.infoseek.co.jp/cgi-bin/namec/data/c0340.htm
(※リンク先のサイトでは「嘯」に「シュク」の読みを当てているが、この字は日本語の音読みでは普通「ショウ」と読む。)檀嘯は2010年夏の三星杯本戦1回戦で李昌鎬九段に2戦1勝1敗している。)


 

成都商報:現在多くの親が子どもに囲碁を習わせますが、プロの道は楽ではありません。
この事についてどのようなご意見がありますか?

聶衛平:囲碁には才能と堅忍不抜の努力だけでなく、運気もいりますし、自身を導いてくれる後ろ盾も必要です。



成都商報:運気と後ろ盾とはどういうことでしょう?


聶衛平:運気は人によって異なるものですが重要です。たとえば私は子どものころ陳老総のことを知りませんでしたが、陳先生は私に特別目をかけてくださっていました。陳先生との巡り合わせがなければ今の私はありえなかったでしょう。

(※陳先生は陳 毅(ちん き/ Chen Yi チェン・イー)のこと。中国の政治家、副総理。聶衛平は9歳のとき陳毅と対局している。陳毅は日本との国交正常化に取り組み、1963年10月には日本の囲碁の代表団を中国に招待している。)。

1984年に私は揚州に行ったとき、偶然常昊と対局の機会を得ました。この子は大したものだ、と上海に呼び寄せ弟子にしたのです。これを運気、巡り合わせと言わずに何と言うのでしょう? 
中国はこんなに広いのに、自分の力だけでなく、引きあわせてくれる人がいるのです。囲碁の学習で一定のレベルに達した後、もし私や俞斌のような後ろ盾があれば上のレベルに上がることは容易になるかもしれませんが、そうでなければ難しいでしょう。

(※俞斌(ゆ・ひん/Yu Bin ユ・ビン )は中国の棋士。とくに中国女流棋士の育成に力を注いできた。以前「羽扇綸巾」の記事で紹介した棋士です。)
 
成都商報:聶衛平さんのお弟子さんは活躍めざましいですが、現在どの若手に着目されていますか?
聶衛平:常昊や古力の後、私は弟子を取っていないのです。主に道場で学生を受け入れて碁を教えています。そのなかで檀嘯と趙哲倫は例外です。彼らは毎週私のところに来て、私の指導を直に受けます。檀嘯への指導が比較的多いですね。



成都商報:これはつまり彼らが一流棋士になる見込みがあるということですか?

聶衛平:今の私は忙しく、檀嘯も我が家に来たことはありません。ただ普段指導してやるだけです。私は檀嘯にずっと注目しています。彼には世界タイトルを取れると見ています。古力、常昊といった弟子の後一番よく見ているのが彼です。


成都商報:あなたが弟子にする基準とはなんでしょうか?

聶衛平:能力は必須ですが、私が感じるのは打ちぶりのよさです。
ただ私はもう年をとって疲れてしまった。もう弟子は取れないでしょう、もうムリですね。


 


◆何もなければ、寝るもんです。

成都商報:四川の囲碁チームは降格してしまいました。控えの力量が不足していたのが大きな原因です。皆、四川の若い後継者にあなたの道場で碁を学んでほしいと思っています。

(※中国国内の囲碁のプロ棋戦は地域対抗の団体リーグ戦がメインで、チームの間で棋士のトレードもある。
(いわば日本のサッカーのJリーグのように。)
トップの甲級リーグの下に乙級、丙級リーグがある。甲級12チームからは下位2チームが乙級に降格する。四川は2010年シーズンに、12チーム中11位という成績不振で甲から乙にランクダウンした。)


聶衛平:四川の降格はとても残念でした。それで今回私は西南王棋戦の前に決定をしたんです、今年の5月から成都(四川省の省都)で四川チームの甲級への再昇格をサポートしようと。
今、わが道場の門下生は甲級に1チーム(6人)をなすほどいて、丙級には2チーム分、乙級にはいませんが。
そういうわけで、わたしは仲裁委員会主任の身分として参加しますが、目的は四川囲碁の応援です。



成都商報:なぜ突然このような決定を?


聶衛平:私は四川に特別な感情を抱いています。1979年に来たのを始めとして、私の最初の妻も四川の人でした。つまり、これは私が四川の囲碁のためにできる唯一の事なんです。



成都商報:今回の西南棋王戦の期間に、あなたがまた会見場で規律を乱していると言う人もいました。このような(批判を受ける)場合、ご自身にはいつもそういうお考えはないようですが?


聶衛平:私は寝てたんです。二度寝してました。側の司会者の王元さんが起こしてくれなければ私はまだ寝てました。睡眠はいたって正常で目を閉じればぱたっと寝てしまうんです。 そもそも会見場でわたしに何事もなかったら、私はどうしたって寝るもんですよ?! 
実際、中央電視台の番組『芸術人生』の収録の時にもこういうことがありました。司会の朱軍さんが個人的に私に尋ねたとき私はこんなふうに答えたんですよ、寝るべき時に寝るものだ、と。当然、わたしは対局の時には寝ませんし、寝るべきでないときには寝ないんですヨ。


(※中央電視台の番組『芸術人生』での聶衛平さん爆睡映像はこちら。
http://www.tudou.com/programs/view/PZLq56Pulxs/  
わたし個人の印象ですが、聶衛平さんが会見などの場で眠ってしまうのはふざけているのでも何でもなく、体質か服用する薬の作用ではないかと見えます。)

 


成都商報:今はあなたのような個性的な棋士は少なくなりました。


聶衛平:そうでしょうなー。言うまでもないことでしょうが。
現在、多くの棋士は「コミュニケーション力が低い」。
言いたくないですが、今後はライバルを見つけるのも困難になるでしょう。今回の西南棋王戦の局後検討で、わたしは初めっから終わりまで対局相手の声を聞きませんでした。私もどう返せばいいか分かりません。

 

成都商報:最後に俗っぽい話になりますが。
結婚は棋士の成績に好影響を与えると言われます。(韓国の)李世石(イ・セドル)、李昌鎬(イ・チャンホ)もそのようです。聶衛平さんはどう思われますか?

(※聶衛平さんが再婚して孫と変わらぬ年の小さい娘をもうけて現在もなお棋戦に意欲的なので、その辺りを聞きたいらしい。)


聶衛平:穏やかな家庭は間違いなく棋士の成績の支えとなります。棋士が年頃の青年なら、きっとたくさんの女性が彼を追っかけるでしょう。花に目がくらんで精も根も尽き果てて、碁を打って気散じをすると言うことがあるかもしれません。現在の私の弟子にもまだ片付いていないのがいます。古力もまだ身を固めていませんしね。


インタビュアー=成都商報記者 蓋源源

 


・・・以上、翻訳おわり。



ここで終わるんか〜というインタビューの終わり方ですが、こういう終わり方でした。
塔矢行洋との共通点はパワフルなとこだけでキャラクターはそうじゃなかったですね。^ー^

タグ:聶衛平
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2011年03月25日

孔令文六段へのインタビュー和訳

前回の記事でちらっと紹介した孔令文六段へのインタビュー。
やっぱりがんばって訳しました。

地震関連ブログにするつもりもないんですが、
今回の東日本大震災(東北太平洋沖地震)を中国での報道や関心の様子、孔令文さんの考えや見方など、ちょっと違う視点から見られるのではと思います。地震当日の棋聖戦(挑戦手合第六局、張栩棋聖−井山裕太名人)のこともまた出てきます。



孔令文(こう・れいぶん)六段は、日本棋院所属。
父は聶衛平九段、母は孔祥明八段(ともに中国囲碁界の先駆的存在)。
中国での国際棋戦には団長などの立場で参加することも多い。
昨年2010年は囲碁雑誌『月刊碁ワールド』に「勝負の赤壁(レッド・クリフ)」と題したエッセイを連載されていました。中国の囲碁事情を紹介しながら現在の日本の課題をふつうの辛口で取り上げる論考。

2009年8月孔令文さんの講演「海外における囲碁事情」レポートは下記の過去記事に。
東大囲碁フェスティバル「コンピュータ囲碁の現在」ほか


例によって素人訳です、ご指導よろしくお願いします。今回は難しいところがとくに多い気が・・・(;;)
カッコ※印のところは当方の付けた注釈です。

元記事はTOM棋聖道場サイトに掲載の華西都市報の記事。
 
ここから記事和訳→→


華西都市報記者の越洋、聶衛平棋聖の子に電話インタビュー
http://post.weiqi.tom.com/s/F30008CB5929_1.html
(華西都市報 2011/3/18)



◆孔令文、東京にて「我ながら《まったり》してる」


昨日午後、東京の隣に位置する神奈川県はひどく寒かった。家にいた孔令文六段は少し喜んだ。しばらく停電(の予定)がなかったからだ。暖房は正常に動いているし、携帯も通じるし家の電話もふだんのように使える・・・。

日本のメディアが報道しているように、今週火曜(3/15)、東京・神奈川で放射能量が一時通常の9倍レベルに上がった。福島県の原発事故の影響で住民一人ひとりの心には重い石がのしかかっている。

(※元記事では「福島核泄漏事件」となっていますが、一連の事象をこの表現でまとめるのは正確ではないと当方は考えるので、日本語訳では「原発事故」としました(これが適切かどうかも分からないのですが)。以下同様。)


交通機関はいつもどおり通勤客でいっぱいで、その一方街にはガソリン・食料・飲料水を求める人が溢れている。昨日の孔令文はマイペースなもので、その波に加わらなかった。日本棋院に車で40分かけて絶対行かなくてはならないといった差し迫った予定もなかったし、買い占めには自分自身が強い反感を抱いているからだ。



 

停電について、とりわけ放射能量のレベルについて関心をもって尋ねると電話の向こうの孔令文は笑って答えた「自分は《まったり》してるんだろうね」。

(※ここでは「まったり」と訳した語、元の記事では《淡定》が用いられています。
今回の地震・原発災害に際しての日本人の行動(行列など秩序の順守、相互扶助・職務遂行の姿勢など)を中国のネットニュースでは多く《淡定》と報じたそうです。《淡定》は大きな状況変化下での穏やかな態度や行動を表します。
「よくまあこの大きすぎる変化状況で慌てないものだ、危険や恐怖を感じないの?」というニュアンスがあるかんじ。ネット語らしいのでこういう訳語も使えるのでは、と考えてみましたが・・・。
英語では「zen mode(禅モード)」なんて表現もあります。)


しかし、家でおもちゃで遊んでいる6歳の息子孔徳志を見るたびに不安が襲ってくる。
「母(孔祥明八段)はずっと私に息子の徳志を成都に連れてこいと言ってます。原発の状況がますます悪くなるんじゃないかとみんな心配してるからって。
・・・大人のことはともかく子どものことは・・・考えなくてはいけませんね」
孔徳志はまだこのような事情の分かる年ではなく、棋力も5級に過ぎない。しかし碁界から見れば、またとない血をひいているのだ。父方の祖父は聶衛平九段、母方の祖父は小林覚九段。ともに日中両国の囲碁史に名を残す名棋士だ。

棋聖の子・孔令文は東京近郊にいて、今はほかの人たちと同様時おり複雑な心境を見せる。




◆棋戦の日程は依然確定せず


華西都市報:日本の地震の後、ご自身の生活にどのような変化がありましたか?

孔令文:地震の当日は都内の交通がほとんどマヒしてしまい、見るからにみな混乱していました。しかし数日たって落ち着きを取り戻しつつあります。明後日19日に日本棋院はアマチュア向けの営業を再開します。
ただ、プロアマ両方影響は少なからず受けました。
私の場合、毎週二回棋院に行くのが普段のスケジュールです。月曜が早碁で木曜が持ち時間3時間と長い対局。
今日3/17は家にいるときに棋院から対局延期の通知を受けました。主に停電の影響を避けるためです。
プロアマ両方とも地震から近い日付の棋戦は大多数が延期されました。長い目で見ると影響はそれほど大きくならないでしょう。原発関連の状況が悪化しつづけない限り・・・私の知る限り、富士通杯(世界プロアマ選手権)の日程を変更するかどうかは状況を見ての判断です。



華西都市報:停電は一般家庭にも影響がありますか?

孔令文:もちろんです。例えば停電になると今日こんなふうに電話はできません。それにいま神奈川は寒いから停電になると家の中の者は寒くて震えてしまうでしょう。停電時間中は固定電話のほか携帯の回線にも制限が生じます。だから数日前父の聶衛平が私に何度電話をしてもつながらなかったということがありました。後で私の友人を通じてすぐ無事を伝えましたが。地震のあと首都圏は電力使用量に制限を受けています。ある電力量を超えると通知が行って停電となります。普通の状況下では停電3時間というのは、長いですね。
 
 



◆買い占めの前に、被災した人を気にかけて。

華西都市報:聞くところによると、棋聖挑戦手合では、張栩棋聖と井山裕太名人は余震の危険をおして対局を終わらせたそうですが。ここから、プロ棋士というのは地震のような状況でも強靭な精神力を持っていると言えるでしょうか?

孔令文:人によりけりでしょう。わたしは地震に敏感な方ではないと思いますが(笑い)。棋聖戦の会場は海辺ではなかった(※津波の心配はなかった)のでこれは常識の判断だったと思います。一般に余震の被害は大きくありません。
日本は先進的な地震予報を有していて、地震の直前10秒前に携帯が警告音を知らせてくれるんです。ただし10秒間は何をするにも足りない。だから多くのプロ棋士は対局の時に余震の警報を聞いても気にしないんでしょう。そういう時には騒ぐほどに事故が発生しがちなものです。




 

華西都市報:中国の国内では食塩を買い占めるという現象がありました。東京ではこのような状況はありますか?

孔令文:あります。主にガソリンや食料の買い占めです。皆原発事故で不安になっているのです。
え? 成都の人も食塩を買い占めてるって??
(記者が説明すると、孔令文は笑った。)

(※中国では今回の日本の原発事故の報道を受けて、ヨウ素入の塩を食べると放射能被害を防げるといった風説が流れ食塩の買い占めが起こった。実際には塩に含まれるヨウ素は微量で放射能予防効果はなく、むしろ塩の多量摂取が別の健康被害を招くとしてWHOは注意を呼びかけた。3/25現在デマはすでに収束。)


あー、そんな心配要らないんじゃないですか? 私は以前物理をちょっと勉強したので一般の人より原発事故は幾分理解できるんですが。原子力発電所がかりに爆発したって、影響の及ぶ範囲は1000キロを越えないでしょう? 中国は今回の事故の地点からうんと離れてるんですよ。なんで買い占めの必要がありますか?


(※孔令文さんは中国の読者向けに過剰な反応を戒めるためにこのように表現しています。情報は各自冷静に収集判断を。)



私は都内の買い占め行為にも反感をいだいています。そうしたくなる気持ちは分かりますが、被災地の人のことを考えなくてはならないでしょう? 我々が買い占めたら被災地への物資が不足します。
これはいけません。これは大局観に則ったやり方ではありません。
生きるとは相手に沿い無理をしない(順其自然)ということです。


(※「順其自然[shunqiziran]」を「相手に沿い無理をしない」と(とりあえず)訳しましたが、下にも出てくる武宮九段の自然流と通じる考え方のようで・・・当方には難しい。自然流と中国語に詳しい方、ご指導ください。)

 



華西都市報:大局観ですか? 囲碁は人生のごとしですね。
プロ棋士として囲碁用語を使って、孔令文さんが今回の地震から感じたことを表していただけますか?


孔令文:このことについては振り返る時間が無いのですが・・・もし言うとすればそうですね、自然に沿う(順其自然)です。武宮正樹先生は宇宙流と呼ばれるのを好まず、自然流と呼ぶそうです。一切は相手に沿い無理をしない、そのようにすれば本当に強くなります。
例えば、停電の度に私は自分に言います、今まさに大変な被害に遭われている皆さんを思いやるのだと。その方達は努力されているのに、私が遠い東京でなにをくよくよすることがあろうか、と。



華西都市報:震災の間に他の人を助ける方法についてお考えになりましたか・・・?

孔令文:もちろんです。私は被災地のために義捐金を送るつもりです。金額ではなく、自分の気持ちを伝えるためです。
生活は継続していかなくてはなりません。生活が混乱に陥るようなことがあってはなりません。
家庭については、私の最大の願いは自分の子どもがこの時期にいかなる傷も負わないよう守ることです。


華西都市報:ありがとうございました。最後に、当紙のインタビューを通してご両親に伝えたいことがありますか?

孔令文:別にないけど。
母は成都にいて一日に二度も三度も電話をくれます・・・そんなにしてくれなくていいと思うときもあるんですが、電話が必要なときもありますし。私も子を持って、親というのは子どもが気になってしようがないものだと知りました。どの電話も年寄りの一時の慰めです。




◆日本スポーツ界も揺れる−中国、卓球アジアカップに不参加

華西都市報(記者陳甘露)

昨日午後の報道によると、中国等5チームが日本での卓球アジアカップに不参加の意を表明したため、日本卓球協会は3/26〜27に横浜で開催予定だった同大会を開催しないと発表した。
この他、外国人コーチ・選手の離脱でトレーニングの無期限休止を発表しているサッカーチームもある。Jリーグも無期限試合中止としている。

(※ここに地震災害のスポーツ界への影響事例が紹介されるのは、中国では囲碁はスポーツのカテゴリーとなっているため。情報は3/17現在。)




◆日本棋士らは訪中できるか。


華西都市報(記者賣知若)

「今回中国に行くのは日本語で言う《合宿》、(中国で言う)《集训(=集団訓練)》が目的です。
当初は3/22から北京の中国棋院で指導を受ける計画でしたが、現在チケットなどの手配が済んだところ。
ただ気になるのは福島原発の影響。もし大阪・名古屋の若手が東京に来られなければ、私たちは出発しようがない」昨日聶衛平棋聖の子孔令文六段は本紙記者・越洋に電話インタビューでこのように語った。


(※実施に不安があったようですが、TOM棋聖道場の別記事で写真入りで紹介されているように孔令文の引率で日本の若手棋士10名が北京入りしました。常昊ら中国のトップ棋士らも胸を貸しています。)

 
←←以上、記事和訳終わり。
 
 
 
タグ:孔令文 地震
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2011年03月15日

張栩の父が見た地震当日の棋聖戦

前回、東日本巨大地震当日に棋聖戦第6局を終局させた張栩棋聖の心境に取材した記事を訳しましたが(リンク先:前回の記事)、
今回は、張栩さんのお父さん、台北に住む張遠錫さんの側から見た本件を取り上げた記事を。


元記事はTOM棋聖道場
http://post.weiqi.tom.com/s/AD00091B3689.html


以下拙訳→

記事タイトル:張栩「地震下の一局」で棋聖防衛


台北在住の張遠錫(ちょう・えんしゃく)は台湾囲碁界の仲間と話しながら第35期棋聖戦第6局をネット観戦していた。
その日の彼の最大の関心事項は息子張栩棋聖が井山裕太名人に勝つかどうかであった。

普段と変わらぬ観戦だった。突然PC画面が真っ暗になったが張遠錫は変だとは思わなかった。ネットは回線の不具合で中断することもあるから大した問題ではなかったのだ。
東京からはるか西の山梨県にいる張栩さえはっきりと揺れを感じた(ほどの大地震がどのようなものか)とはだれにも分かっていなかった。
地震発生時、張栩は意に介さず対局を続行させた。
「知らぬは当人ばかりなり(当局者迷、傍観者清)」とはよく言ったものである。


(棋聖戦会場では)事態を重く見た立会人の橋本雄二郎九段が両対局者に対局室を離れるよう急かして避難させた。
このとき(震源地に更に近い)東京の日本棋院では第23期女流名人戦が行われていたが、謝依旻五段と向井千瑛四段は一度対局室を離れると恐怖で戻れなくなった。
一方の張栩と井山裕太はしばらくして対局を気がかりだとして、余震がやまないにもかかわらず対局室に戻って対局を継続させた。第138手の時、余震が続いて全く対局できなくなったが、それでも両者はなんとか対局を粘った。最終的に346手の激戦を経て張栩の黒が1目半を残して井山裕太を破り、棋聖の防衛を果たした。


終局後、張遠錫は日本の大地震の状況を知るにつれて気が気ではなくなった。
張栩には何度電話をかけてもつながらない。
ならばと張栩の妻である小林泉美に電話をした。
翌日午後に張栩夫妻の無事を確認できるまで張遠錫は心配で胸が張り裂けそうだった。

張栩勝利のこの一局は注目され、「地震下の一局(地震之局)」として岩本薫と橋本宇太郎が原爆投下の中対局を完成させた逸話(1945年の原爆下の一局(リンク先:wikipedia)になぞらえて報道するメディアもあった。
しかし張遠錫はこれは英雄美談のようなものではないと言う。
「『地震下の一局』とはメディアの呼び方です。」

張遠錫がようやく安堵できたのは、小林泉美が無事を伝える電話のときだったのだ。


←訳ここまで。

本局を棋譜のほかに、当日の地震被害状況、日本棋院建物の外に一時退避する棋士らの画像や日本地図も交えて伝えるtom.comの記事
http://weiqi.sports.tom.com/2011-03-11/00UP/27905213.html


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2011年03月13日

張栩棋聖、地震のなかの対局を語る

3月11日に甲府市で行われた棋聖戦第6局を巨大地震発生当日に終局とした件について、中国の新聞・天府早報が張栩棋聖に当時の心境をインタビューをしていました。

元記事はsohu.com
http://sports.sohu.com/20110313/n279794276.shtml


以下、拙訳・・・・・・


記事タイトル:張栩「私は決して勇敢ではない。地震後の対局続行は公平性を保つため」

マグニチュード8.8の特大地震が来れば普通の人は避難しようとするだろう。しかし、日本の棋聖張栩九段は対局の継続を選んだ。
先日の第35回棋聖戦で防衛を決めた張栩棋聖と挑戦者井山裕太名人との対局中に日本でM8.8の大地震が発生した。地震のため一時は中断したが、両者とも余震の危険をおして終局させた。
最終的に本局は張栩の勝利となり、4対2で張栩の棋聖防衛となった。
このような尋常ならぬ防衛は囲碁の歴史に記されるべきものである。


 
◆大地震のなか継続された対局

一昨日(3/11)、第35期棋聖戦挑戦手合(7番勝負、4局先勝)第6局(の二日目)が甲府市で開催された。対局が133手まで進行したとき、日本の宮城県東側の海域でM8.8の大地震が発生した。当時甲府でもはっきりと揺れが感じられ、張栩と井山裕太は立会人の引率で対局室を離れた。揺れがおさまるのを待って、両者はなんと対局室に引き返し対局を続行したのだ!
対局再開後も甲府市では余震が続いた。しかし両対局者は動揺することなく、対局に集中した。張栩が1目半の優勢勝ちを決め、4勝2敗で棋聖防衛とした。

対局後、観戦のオールドファンには1945年8月の有名な「原爆下の対局」を想起する人もいた。
岩本薫が橋本宇太郎に挑戦する本因坊挑戦手合第3局の最中の広島に原爆が落とされたのだ。両者は碁盤の前で対局の準備をしているところだった。爆発後の気流が吹きこみ、屋内外のガラスが全て飛び散った。正午ごろまで簡単な片付けのため中断した後、対局は続行された(※記事中では「正午ごろ再開」と書かれているがwikiでは「正午ごろ終局」とある)。
これもまた囲碁史に残る奇談である。

 



◆張栩は自分は勇敢ではないと言う

棋聖戦は1977年に開始、現在日本では規模が最大、賞金も最高額の棋戦である。優勝賞金は4200万円(※ママ。実際は2010年から4500万円)。
囲碁界に名を轟かす日本の名棋士があまた棋聖戦の洗礼を受けてきた。加藤正夫、武宮正樹らは何度も挑戦して獲得に至らなかった。また藤沢秀行の6連覇、小林光一の8連覇といった輝かしい戦績もある。
ただ、張栩の今回の防衛にはこれら先人とは異なる意味がある。

(張栩の談話:)
「このような大地震に遭ったら、逃げて生きようとするのが人の本能です。
私は決して勇敢な人間ではありません。
ただ、地震から避難したら私たちはこの地震のことを意識してしまうだろうし、そうしたら大きな影響を受けずに対局をつくることができなくなってしまいます。対局の公平性を保証するためにこの一局を完成させる必要がありました。そのため私たちは最終的に打ち通すことを選んだのです。」

今回の防衛で35のタイトルを獲得した張栩は、これによって個人の英雄主義の方向にまとまることを望んではいない。
「広島の原爆投下の時の一局と比べたら、私たちが直面した危険などとるに足らないものです。」
 


早報記者:張志凌




・・・以上、訳おわり。

この記事は張栩棋聖への取材ですが、井山名人やほかの担当者さんたちも同様にすごいと感じます。
原爆投下の1945年8月6日の広島での本因坊戦の話は、こちら(原爆下の対局:wikipedia)で。
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2011年01月28日

黒嘉嘉さんインタビュー記事和訳

台湾の黒嘉嘉(ヘイ・ジアジア)さんは特定の師匠を持たず、ネット碁と独学で強くなった16歳の女流棋士です。去年は国際棋戦でも大活躍、この1月に台湾棋院で二段から五段へ特別昇段を遂げました。

黒嘉嘉.jpg


tygemの黒嘉嘉さんへの特別インタビューがTOMに中国語で出ていたので訳しました。
http://post.weiqi.tom.com/s/4C000A8F3170.html

「黒金対決(韓国の金侖映(キム・ユンヨン)二段との三番勝負:1/28〜30)」やtygemの碁、日々の心構えなどについて話しています。


例によって素人もっも訳ですのでよろしくご指導ください。m(__)m


-----------

韓国の囲碁サイトTygemで台湾の女流棋士黒嘉嘉五段と韓国の女流棋聖金侖映(キム・ユンヨン)二段の三番勝負が開催されるに当たって、黒嘉嘉さんがTygemを訪問してくれた。以下がインタビューである。


――tygemの会員には初対面ですね。黒嘉嘉さんはtygemでも人気の美人棋士です。tygemのファンの皆さんに一言お願いします。

黒嘉嘉:こんにちは。みなさまにご挨拶の機会を持てて嬉しいです!
 
――金侖映さんとの対局は初めてですね。彼女のことはご存知ですか? どのような棋士だとご覧になりますか?
黒嘉嘉:そうですね、金侖映先輩のことは対局の経験がないので分かりませんが、今回お目にかかれて嬉しく思います。碁に真摯な方だと感じました。
 
――今回は一局ではなく三番勝負です。三番碁への心構えと準備をお聞かせください。

黒嘉嘉:普段から特別な準備はしません。どの対局も真剣に打つだけですから。
碁盤に向かえば平静かつ楽しい心持ちになります。
対局相手に対して、棋力、年齢、性別に関わらずわたしは敬意を持って向き合います。
三番碁というのも一局一局の積み重ねですから特段に構えることはありません。これまでの努力を出しきるだけです。

――アジア大会以降、生活はいかがですか?
黒嘉嘉:楽しく、充実しています。


――以前tygemに来てくださったとき、9段のIDでよく打っているとおっしゃってましたね。
最近も対局されてますか? 打っているとすれば週に何局くらいですか?
黒嘉嘉さんにとってtygemの碁の面白さはどんなところですか?

黒嘉嘉:最近ネット碁は少ないんです。台湾のプロ棋戦に参加するようになりましたから。最近は台湾の天元戦と棋王戦で思いの外忙しいです。
それでもtygemは重要な友達です。アメリカでの小中学生時代にtygemがなかったら、わたしの棋力はそれほど伸びなかったと思います。tygemとtygemの9段仲間の指導にたいへん感謝しています。
(※黒嘉嘉さんはオーストラリアで生まれ、台湾とアメリカで学童期を過ごした。)

 

――黒嘉嘉さんの2010年の成績は良いものだと拝見しますが、ご自身の2010年をどうご覧になりますか?
(自己評価はいかがですか)

黒嘉嘉:わたしは自分の運気はいいとずっと思っています。たくさんの方の支えによって2010年は充実し、印象に残る一年となりました。
また、わたしが碁を始めて十年になる節目の年でもありました。
成績の良し悪しは(一年の評価基準として)第一のものではないと思います。最も重要なのは2010年の毎日は充実したものだったということです。


――2011年の目標をお聞かせください。

黒嘉嘉:アハハ(笑)。みなさん同じことを聞かれますよね。
よそゆきの回答としては、台湾の棋戦でリーグ入りが目標です。内心の目標は2010年同様毎日を充実させ楽しく過ごすことです。
(※インタビュー後棋王戦リーグ入りを実現。)


――tygemの囲碁ファン皆さんに新年のメッセージをお願いします。

黒嘉嘉:みなさまお一人お一人にとって楽しい2011年となりますように!!
------------




 


現在16歳の黒嘉嘉さんの、14歳のときの談話(2008/12/1掲載)がヨミウリのサイトに公開されています。
http://kisei.yomiuri.co.jp/
YOMIURI ONLINE棋聖戦ページ→(下部)岡目八目→ジョアン・ミッシンハム

(ジョアン・ミッシンハム(Joanne Missingham)は黒嘉嘉さんの英名です。)

台湾とアメリカでの幼少期のこと、存分に碁を打ちたいというもどかしさなどを語っています。
 
ヨミウリ談話を合わせて読むとハツラツとした雰囲気の黒嘉嘉さんの「わたしの運気はずっといい」「大切なのは毎日が充実していること」というtygemインタビューの言葉が単純なものではないと感じられます。不遇を不遇としない強い向日性が彼女の持ち味なんですね。
「有志者事竟成[you3 zhi4 zhe3 shi4 jing4 cheng2](志あらば事ついに成る)強い意志で物事にあたれば必ず成功する、意志あるところに道は開ける」という中国語でよくきく格言も思い出します。(『後漢書』だそうです。)
posted by もっも at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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