2009年09月11日

謝依旻さんドキュメンタリー動画訳(1/4)

謝依旻さん成長ドキュメンタリー:台湾之光 淬錬 を日本語訳でお届けします。


「淬錬」とは「鍛える」というような意味だそうです。

全4集(各10分 計約40分)
その1:対局風景(女流最強戦 対万波佳奈戦)。来日からプロ入り。
その2:師匠の見る依旻。囲碁をはじめた幼少のころ
その3:父と二人三脚の台湾での学童期。
その4:勝負の世界に生きる。(ダンス教室、10年後。)

・・・というような内容です。

謝依旻さんをこんなふうに丁寧に紹介した動画ってわたしははじめて見たんですが、
碁に向かう真摯な姿勢やちらっと見えるかわいい素顔に是非ほかの人にも見ていただきたい!と。
お父上のときに鬼気迫るようなサポートや、師匠や先輩棋士の厳しくも温かい眼差しなど、依旻さんて愛されてるー、と感じます。
さくっと感想を述べるつもりが、勢いあまって訳しました。

※日本語でのコメントは簡単にまとめたり飛ばしたりしてますが、中国語のナレーションとコメントは基本的にそのまま訳してます。

素人訳ですので、お気づきのところありましたらよろしくご指導願います。






その1

「謝依旻です。今年18歳です。
碁は5歳半のときに囲碁教室で学び始めてから13年になります。
嬉しいことも悔しいこともほとんど全部囲碁とともにありました。
なぜなら、碁がわたしの人生だから。」

《五月の東京、朝方はまだ肌寒い。依旻は少々眠そうに、いつもより早く外に出る。
通勤の人で込み合う電車の中、彼女は音楽の世界に浸っている。

約15分、立ち並ぶオフィスビル、静かな皇居のお堀が車窓に映りゆく。・・・これが彼女の「通勤」経路。》

 2008年女流プロ最強戦。一回戦(対万波佳奈)。
 《風がそよぎ、対局室の空気は張りつめている。
ただ碁石を互いに置く音が響く。

女流最強戦一回戦は、すぐに戦いに入った。
互いに攻めあい、譲らない。
 4時間12分後、白の依旻が25歳の万波佳奈に1目半勝ち。次に進んだ。》


依旻
「今日の碁は問題手も多かった。運良く勝てただけ。」

 《日本のマスコミは依旻を特別かわいがっているようだ。
囲碁雑誌の5月号は依旻を日本の囲碁界に波乱を起こす「謝旋風」としてとりあげた。》
 

 《6年前、小学校を卒業して12歳になったばかりの依旻は、父に連れられて日本棋院に来た。
棋友の推薦を経て当時棋院の師範だった黄孟正を訪ねた。

志を立てプロ棋士になろうとしている依旻。
まず黄に意外に思わせたのは・・・》



「碁を打つときは別人の目に見えました。
 自信に満ち溢れていて強い意志がある目。ほかの子とは全く違いました。」

 《2002年1月7日、依旻は黄孟正門下に入門し、日本棋院の院生になった。
彼女に対して、家族に対してまで、『これは後戻りできない重要な選択だ』と師匠は話した。》


依旻
「父は最大の決心をする必要がありました。

わたしは碁のこととなると、どうやって勝つか、どう勉強するかだけを考えたいんです。
家に帰って碁の勉強。碁、ごはん、ごはん、碁、寝る。それだけの生活。

でも父は違う。
初めて両親が来たとき、父はわたしに代わってごはんを作り、食べさせたいと思いました。
それから部屋のこと。家賃や電気・ガス代の支払いもわたしの代わりにやってあげたい、
 わずらわしいことは全部世話してやりたいと。」



《小さな賃貸アパートの台所で依旻の父親は一人忙しく働いた。
全てが新しく始まった。

床に座ることを覚え、日本語を覚え、日本の食べ物を覚えなくてはならなかった。
 幸い、こういうことで依旻が困ることはなかった。》


《棋士になるまでは寂しくつらい。
12歳で単身はるばる日本に来た。
 碁を学ぶとは、人となる道を学ぶことでもあり、
碁を磨けば心と智も磨かれる。

依旻はもとより苦労をしてきたので、今は苦のうちに入らないといっそう学んでいるだろう。》

 《プロ棋士になるには、まず「入段」が関門だ。》

 黄
「『入段』はタイトルを獲るよりむつかしい。
だからあのころが彼女にとって一番苦しいときだったでしょう。」



依旻
「もし入段できなかったら、どうしたらいいんだろう。

中学にも行ってない。
ものすごいお金がむだになる。
もちろんスポンサーだっている。わたしをサポートしてくれるだけの。

そういう人たちをがっかりさせたくなかった。」




「日本の入段には二種類の方法があります。

一つは女流特別枠。
もう一つは一般枠。男子とともに競う厳しい枠。これは三人枠。
 それで、依旻はこの厳しい枠から入段しました。

一般枠はプロとしての給料が女流の二倍です。」


《一年目の試験は失敗した。
負けを認めない依旻は二年目に再度チャレンジ。
試験が始まるまで、まさかはじめからつまづくなんて思いもよらなかった。》


依旻
「試験が始まって二敗して、ああもうだめだ、と思いました。
そしたら、黄先生が言ってくださったんです。
『二敗は仕方がない、あとはよく打つだけだ。
もし次にいい対局ができたら、今後の自分の自信になるから。』
それでちょっと楽になって、できそうな気がしたんです。
気楽になって、かえって連勝できて。」

 《依旻は、13勝4敗で試験を終え、才能をあらわした。
願いどおりにプロの世界に入った。
この入段証書は最高の自分の14歳の誕生日プレゼントだった。
これは、62年来の女子最年少入段記録を塗り替えた。》


依旻
「14歳だから台湾の9年級(日本の中3)。
とうとうプロになることが許されたんです。
それに、プロになれば収入があるから、家の経済的負担ももちろんうんと減らせますし。」


−そのとき自分がいい気になっちゃうとは思わなかった?

 「そんなことはあまり考えませんでした。
だって、これはゴールじゃないから。」


《特別な対局室(幽玄の間)で師弟が碁盤を挟んでぽつぽつと検討する。
碁石で問い、言葉で諭す。》
黄「この局面でどう思った?」
依旻「こっちに打ったほうがいいと思いました」

《入段後の依旻は、勝ちに乗じて追撃する一つの石のように、難関を突き破っていく闘将のように
日本の女性プロ棋士の歴史を塗り替えていった。

2006年12月、16歳の彼女は5つの関門をぶち抜いて女流最強のタイトルを獲得し、
日本の女流棋士の最年少タイトル獲得記録を作った。》

 黄
「決勝の小西和子8段との対局は布石がよくなかった。
 中盤後の形勢もあまりよくなさそうなとき、誰も思いつかなかった一手を打ったんです。

そこから流れは逆転しました。
周りの人は彼女を武闘派だという。攻撃力が非常に強い。」

☆その2へ続く☆
ラベル:謝依旻
posted by もっも at 18:26| Comment(0) | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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