2011年05月30日

ドラマ「JIN-仁-」の勝海舟の棋譜並べ

5/29放送のTBSテレビドラマ「JIN-仁-」に勝海舟が棋譜並べをするシーンが出てきました。

今回のストーリーは、
南方仁が長崎から江戸に戻ってきた。
「避けられない戦もある」と意気軒昂な龍馬と、「暴力は暴力しか生まない」という仁はかみ合わず、仁はもどかしさを抱えたままである・・・というところ。


仁は勝海舟(坂本龍馬の師)を訪ねた。
勝は本を片手に棋譜並べをしている。

http://bit.ly/kUDaVa

※お気づきになりましたか? 五子局です。
勝海舟1.jpg

※細かい手順は後の図で。


勝、白1に打つ。
勝海舟碁盤.jpg

仁「勝先生、幕府は今どういう状態なんですか?」
勝海舟「知らねえよ。おいらまたお暇を出されちまったんだからよ。(黒2を譜を見ずに打つ。石音のみ。)」
仁「知らないって。」
勝海舟「(石を取りながら)あちこちに頭下げてやったのによ、慶喜さんはおいらのやることなんもかんも気にいらねえんだ。知るかってんだ。(白3に打つ)」
(※勝は1866年長州征伐の停戦のために尽力したが慶喜が台無しにしたので怒ってお役御免を願い出たという顛末。)

勝海舟碁盤2.jpg

仁「江戸が戦に巻き込まれるのだけはイヤだって言ってたじゃないですか。」
勝海舟「(盤上の石を集め崩して)四候会議ってのをやるんだってよ。
慶喜さん(白一子を石の山から取り出して盤に)を交え、
薩摩・土佐・越前・宇和島(黒の四子を周辺に並べる)の有力諸侯でお国のことを話し合おうって薩摩が言い出したらしいのさ。」

※以下の画面上の字は当方が追加したもの。
劇中で勝が示している石。

勝海舟碁盤3.jpg

勝海舟碁盤4.jpg


仁「国のこと、ですか?」
勝海舟「薩摩の狙いは天子様の前で長州の処分を解かせ、
長州と共に(石の山から黒一子を新たに取り出して薩摩の黒の側に置き)
倒幕への備えを進める(薩摩・長州の二子を越前・土佐の前に割り込ませてで白の「慶喜さん」を石山に追いやる)とか
そんなとこだろうよ。(勝、席を立つ)」


勝海舟碁盤5.jpg

勝海舟碁盤7.jpg

勝海舟碁盤8.jpg

勝の読みは薩摩と土佐の協力によって倒幕に動くというもの。
仁は勝から竜馬がこの倒幕計画に絡んでいるらしいことと「今」が慶応3年、1867年であることを確認する。


ちなみに白1、黒2、白3は下図の通り。
http://bit.ly/jFha5

勝海舟2.jpg


碁のシーンが、勝が御役御免で時間をつぶすさまと彼は彼なりに状況を把握し構想を練っているらしいと見せていました。

勝が慶喜=白、諸藩=黒に見立てて説明するところが興味深い。
慶喜さんには味方の白石がいません。

また、五子の置石がある対局を勝が並べるというのも暗喩的で面白い。
白=徳川の世、黒=明治の世、とみると明治の世を作る助けとなる五子は既に置かれて十分働いているとも読めます。
後に慶喜は将軍職を辞して、白黒混交御の石の山すなわち大勢の市民と同じ世界に追いやられる。


何度もドラマ化されている幕末の情勢と、戦国時代の婚姻政治の玄妙さを描く『江』(リンク先:『江』の囲碁シーンについての記事)は同じフィールドで比べられないけれど、
今回の『JIN-仁-』の囲碁シーンはシンプルかつ奥が深い、という感じでした。





 

posted by もっも at 23:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 江戸時代の碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月29日

ドラマ「JIN」の安道名津【スピンアウト】

ドラマ「JIN-仁-」に出てきた安道名津(あんどうなつ)を作成した前回の続き。

小豆餡を載せて食べるのはボリュームがありすぎて一個で十分、という感じだったので残りの道名津(どうなつ)は別バージョンで楽しみました。


安掛道名津(あんかけどうなつ)

わたしのなかではこの道名津は「ご飯の天ぷら」という位置づけになったので、いっそ主食として楽しむことにしました。

「餡」違いのあんかけドーナツ。
・・・「ミスター味っ子」に出てきそうな代物になってきた。^▽^
どうなつ3.jpg


中華料理の「海鮮おこげ」のイメージです。
豚ばら肉、たまねぎ、にんじん、空心菜をいため、だしと醤油で味付け。
熱くした道名津の上に野菜あんをかけるとジュー!!というのをしたかったのですが、
今回は、写真を撮るためにあんの上に道名津を載せる方式だったのでそれはかなわず。

道名津生地が少々甘いのですが、あんを醤油や香辛料で辛く濃い味付けにすればバランスが取れると思います。
ただ、自分は薄味なので、今回も道名津にあんが負けてしまった。道名津おそるべし、パワーありすぎる・・・

道名津を砂糖なしで作ったら十分いけると思う。
新レシピ完成も近い。


醤油安道名津(しょうゆあんどうなつ)

「あんこよりも、みたらしだんごみたいなのほうが合うんじゃ」という家人の意見から、
しょうゆあんをからめました。(醤油大さじ1+みりん大さじ1+水少々を煮詰める。)

どうなつ1.jpg

お、これは乙だね☆

七味を振って食べるのも美味しいです。ちなみに七味はドラマの舞台、幕末の江戸に既にあった「やげん掘の七味唐辛子」です。
醤油は残念ながらドラマに出てくる「ヤマサ醤油」ではありません。


海苔七味道名津(のりしちみどうなつ)

どうなつ4.jpg

上の醤油あんをからめた道名津に海苔を巻いて七味を振る。

これが一番好みだった。

お酒のつまみにもなります。

つまみとして作るときにはこれの4分の1くらいで1個を作るのがいいと思います。



・・・とドラマ・漫画の『JIN-仁-』とは無関係な方向に突っ走りながらアレンジしてきたのですが、
やはりこれは「仁先生考案の道名津の上に咲さんが作った小豆餡が載っている!」というのが完成された「安道名津」なのでしょう。

咲の母、栄は娘を勘当した手前、娘を医術に魅入らせた張本人である仁の食餌療法を素直に受け入れません。
かつて患者として手当てした子ども、喜市の仲介で、栄はようやく安道名津を口にします。

「実はこの道名津は仁先生が作ったんだ」と喜市が明かすと、栄は「咲も絡んでいるでしょう、咲の味がしました。」とそっけなく言います。
道名津なる珍妙なものは初めてでも、餡の味が橘家で母から娘に伝えたものだとはすぐに分かって、「母上は甘いものがお好きだから・・・」と咲が載せたのだろう、と思い至ったことでしょう。


このドラマは細部の時代考証がよくできていて、現代の医師が幕末にタイムスリップするというファンタジーを「そういう世界もあるのかも」と受け入れさせるところが魅力の一つですが、「家族の歴史や機微」をも自然に感じさせるセリフが上手いなあと思います。




おまけ☆

結局30gしか消費できなかった小豆餡の残りの一部は「おやき」の中身になりました。
おやき.jpg


posted by もっも at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 食べ物/レシピ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月28日

ドラマ「JIN」の安道名津【作成の巻】

TBSテレビドラマの「JIN-仁-」に、安道名津(あんどうなつ。餡ドーナツ)を作るというエピソードがありました。(第1話:4/17放送分。)


※この安道名津、セブンイレブンからコラボ商品が発売されましたが、その話はまた別記。
今回は自作しました〜の話。

あんどうなつ4.jpg
(揚げたところ。まだ餡が載っていませんからこの時点では「道名津(どうなつ)」。「安道名津」は記事の下のほうに。)


「JIN-仁-」は現代から幕末にタイムスリップした医師南方仁(みなかた じん)と周りの人々の奮闘を描くドラマです。
仁はタイムスリップ以来、江戸の人々に現代西洋医学の治療を施したり医療設備を整えたり、と尽くしてきました。
仁が居候していた橘家の娘、咲(さき)は医術に自分の生きがいを見出して縁談を蹴って勘当され、仁が開く診療所、仁友堂に身を寄せています。

そこに咲の母、栄(えい)が脚気(かっけ)(リンク先:wikipedia)を患っているとの報せが届きます。
脚気はビタミンB1(チアミン)(リンク先:wikipedia)の欠如から起こる病気、
玄米と豆を多く摂っていればかかることは少ないと言われますが、白米が主流となっていた当時の江戸では脚気にかかる人が少なくなく、「江戸患い」とも呼ばれました。
現代ならビタミン投与で治療するところ。
当時はビタミンの精製もなかったので仁先生は食餌療法を考えます。
「玄米と芋や豆を・・・」に耳を貸さない栄。

そこで甘党の栄のために考案されたのが安道名津(あんどうなつ)
(「安道奈津」かと思ってたら、「名」の字でした。)

餡ドーナツです。

原作での作り方説明はこんな感じらしい。
「まず、炊いた玄米を7分ぐらい半つぶし、ごま油と黒糖を少々混ぜて固めたものを生地とする。次に、小麦粉8・玄米2の割合に少量の油かすと豆乳と鶏卵とを混ぜたものを作り、これに生地を浸して衣をつけ、熱した油で揚げる」

ドラマで作る様子もほぼ同様。
「玄米ご飯をつぶして、ドーナツ型にして、小麦粉ベースの液状の衣をつけて揚げる」というもの。
ドラマの中の材料表には
「道名津 原材料:
 玄米、黒糖、ゴマ油、小麦粉、卵、豆乳」
とありました。

自分が知っている餡ドーナツと随分違っていました。
(たいていのドーナツは、一種類の生地を成型して揚げるだけで衣は付けない、ですよね?
現代日本の餡ドーナツは小豆餡を生地に包んで揚げる、ピロシキのような作り方が多いと思う。)

さらに

「揚げたものに黒糖をまぶして餡を載せる!」

なんだか「玄米ご飯の天ぷらに小豆餡を載せた」という代物です。
どんな感じなんでしょう??
(甘いの苦手な人は読んで「ウッ」となったかもしれませんね。^w^
しかし、わたしは冒険心で突っ走る。)


栄はこれのおかげで脚気から快復し、「安道奈津」は脚気に効くと江戸で評判の菓子に。
(その後、和宮に献上することになって、そこで事件が起こって仁が捕らえられ・・・と話は続いていくのですが。)


ともかく安道奈津です。
ネットで検索したら、作ってる方がいらっしゃいました。
菜の花回路♪。・:*:・゚ さんの記事。

参考にして、わたしも作りました☆
当時ふうにするなら、勺(しゃく)とか匁(もんめ)とかで計量すると気分が出そう・・・(そうすればよかったなあ。)


リンク先にレシピが載っています。
参考にしましたが、わたしなりの配合も、ここに紹介。

あんどうなつ1.jpg

※以下は今回のレシピ。
【安道名津】 6個分

★材料:
☆ドーナツ生地
玄米  1.5合(225g) +水450ml これで炊き上がりのご飯として550gくらい。
塩   少々(小さじ3分の1)
黒糖  小さじ2
ごま油  小さじ2

小麦粉 適量(大さじ3くらい 打ち粉用)


☆衣
小麦粉(薄力粉)  80g
米ぬか  20g (※)
豆乳  50ml
黒糖  小さじ1
卵   1個
菜種油  大さじ1

揚げ油 適量
黒糖  大さじ1(仕上げ用)
片栗粉 大さじ2分の1(仕上げ用)

小豆餡 180g(1個30g×6個分)


※今回、衣の「玄米」を自宅精米で出る「米ぬか20g」にしましたが、「ぬか10g +上新粉(うるち米の粉)10g」のほうがいいように思います。
そのほうが、「玄米の粉」に近いですね。しかも天ぷらの衣に上新粉を入れるとサクッと揚がるんだそうです。

※※ 古布を用意しておく。手や作業台や器具のベタベタを拭ってすぐに片付けられるように。
(洗い流すとまた掃除がたいへんだから。)



★作り方
1.玄米ご飯を炊く。(お店でご飯として売ってますよね。わたしは炊きましたが。)
 玄米1.5合を洗って、一昼夜水につけておく。(発芽玄米にする。普通のお米同様に炊けるから。)
 もう一度洗ってザルにあげる。
 鍋に玄米と水450mlを入れる。
 ふたをして沸騰するまで強火、沸騰したら弱火で11分、再度強火にして15秒(水分を飛ばす)、火を止める。15分蒸らしてさばく。

2.1の玄米ご飯でドーナツ生地を作る。
 1のご飯をすりこ木で半つぶしにする。
 塩少々(小さじ3分の1)、黒糖小さじ2、ごま油小さじ2を入れてまぜる。生地としてひとまとまりになってくる。
 (まとまりにくい場合:生地が固すぎたら水を、柔らかすぎたら小麦粉を少量足して調節する。いずれも分量外。)

 (ここから作業台や手、スプーンなどの器具に打ち粉をまぶしながら作業する。)
 6等分にして簡単に丸める。
 ひも状にして輪にし、かたちを整える(いわゆるドーナツの形状にする)。
 (下は計量カップとの比較。直径8センチのドーナツです。)
あんどうなつ2.jpg

3.衣を作る。
小麦粉80g、米ぬか20g、黒糖小さじ1、菜種油大さじ1、卵1個、豆乳50mlを混ぜる。
(ホットケーキの生地くらいの固さになる。)

あんどうなつ3.jpg

4.2のドーナツ生地に3の衣をつける。
(菜箸を利き手の反対に開いて持ち、その上に2のドーナツを載せて、利き手に持ったスプーンで3の衣を塗るようにすると扱いやすい。
衣にどっぷりドーナツを漬けると衣が厚くなってしまう。ドーナツの穴もふさがっちゃいます。)


5.4の衣をつけたドーナツを揚げる。
油を適量入れた鍋をコンロにかける。
170℃くらいになったら、ドーナツを入れる。
(菜箸の上のドーナツをフライ返しなどで押し出し滑らせるように入れる。
つまり、段取りとしては、油の鍋を加熱している間に一個目に衣をつけ始める。そうしないと菜箸の上のドーナツに困る。まあ、どこかに置いておいてもいいけど邪魔になる。)

途中ひっくり返して表裏キツネ色になるまで揚げる。


6.揚がったドーナツに黒糖をまぶす。

黒糖大さじ1と片栗粉を大さじ2分の1をビニール袋に入れてよく混ぜて、そのなかにドーナツを入れてまぶすようにすると楽。
(片栗粉が入ると砂糖が付きやすい)
あんどうなつ4.jpg

かなりこんがりしてますが、これは我が家仕様です。

ここで食べてみました。小豆餡を載せなくてもじゅうぶん美味しいです。
「玄米ご飯の天ぷら」の味がします!(^▽^)
五平餅の親戚のような。


7.せっかくなので、小豆餡を上に載せる。

名古屋盛り? 塗る程度に載せたのに、見た目のボリュームがすごい。
あんどうなつ5.jpg

ともかく、ここで安道名津(あんどうなつ)のできあがりでーす。ぴかぴか(新しい)




さっきの計量カップとの比較。なんで計量カップをメジャーサンプルにしたんだ・・・。コップでいいのに。
ドーナツの大きさは直径9センチ、重さはドーナツ100g+餡30gの130g。
あんどうなつ6.jpg


ところが、自分で作った餡は甘さ控えめなので、ドーナツの油のパンチに負けてしまった。
(この餡は小豆250g+三温糖170g+みりん70mlくらいで作りました。)
小豆と砂糖が同量の餡、市販の餡だと合うと思います。


安道名津も食べてみました。

やはり、「玄米ご飯の天ぷらに餡を載せた」味がします。「おはぎの天ぷら」というか。

ものすごーくお腹いっぱいになります!
1個食べたら9時間くらいお腹がすきません。
ドラマの中で一度に2個も食べようとしていた和宮はなかなか健啖家です。


個人的には餡なしのほうが食べやすいなあ。


 


続く。

posted by もっも at 15:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 食べ物/レシピ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月26日

誕生日詰め碁(ケーキ)

LGSの記事から、黒嘉嘉さん誕生日詰碁もういっちょう。

嘉嘉さん、愛されてますねえ♪


誕生日ケーキが碁盤のデザインです。
「黒++」に続いてこれも詰碁ですね?!
先輩とファンからもらったんだそうです。


110527_IMG_7042-215x300.jpg

誕生日ケーキ(リンク先:つぶや棋譜)
20110526.jpg


ご覧になってるあなたはこういう誕生日プレゼントが好物ですか?!

わたしは即死してしまいそうで危険です。^x^
ラベル:詰碁 黒嘉嘉
posted by もっも at 22:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 詰碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

誕生日詰め碁(黒++)

5月26日は台湾の女流棋士黒嘉嘉五段の17歳の誕生日だそうです。
生日快楽(おめでとー)☆
黒嘉嘉.jpg

台湾のLGSに、ファンが贈った「詰め碁」のプレゼントが紹介されていました。(リンク先:LGSの記事
名づけて「黒++」 (ヘイ ジアジア)。 (《+(たす・プラス)》は中国語で《加 [jia1]ジア》、黒嘉嘉さんの《嘉[jia1]ジア》と同じ発音。)

黒先全活ですって^▽^
加油(がんばれ)!
詰碁 黒++


ラベル:詰碁 黒嘉嘉
posted by もっも at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

張栩さん台湾なう

張栩さんが5/25〜6/6までの予定で台湾に帰国中です。

台湾の囲碁サイト棋城で動向が見られそう。

前に棋城の記事から、張栩さんが母国台湾への恩返しとして2000人分の無料囲碁講座提供、高校生らと交流会などを企画していると紹介しましたが、今回の帰国はその関連です。

空港の張栩さんの画像と日程
http://www.9star.com.tw/showtalk.asp?id=1024




張栩棋聖の恩返し:2000人の無料入門教室の記事
http://www.9star.com.tw/showtalk.asp?id=1013
これをサポートしているのが棋城サイトさん。
2011051785876889.jpg
ラベル:張栩
posted by もっも at 21:39| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月22日

井山名人のコメント&動画(博賽杯金佛山国際囲碁超覇戦)

博賽杯金佛山国際囲碁超覇戦。

中国重慶の「国際旅行博覧会」という金佛山(ジンフォ山、きんぶつさん)を観光地として売り出すイベントの一環で、日中韓の囲碁三名人による巴戦が行われ、井山裕太名人が中国の古力名人と韓国の李世石国手を制して優勝しました。

井山裕太名人のコメント。
(日本語のコメントが中国語になった記事から再訳出しています。実際の発言とは一致しません。)

参考記事 

sina.com
http://sports.sina.com.cn/go/2011-05-18/17065582233.shtml

棋城(台湾)

http://www.9star.com.tw/shownews.asp?id=3994

棋城の記事の真ん中辺り:井山名人のコメント抄訳部分の訳。
「(二日目、古力との対局について)布石は自分のほうが不利でした。右上を獲った後形勢が五分に近づきましたが後半複雑になりました。運よく勝てたと思います。古力さん李世石さんというトップ棋士に連勝でき、今日はプロになってから最高にうれしい日です。しかしまだ肩を並べたとは言えません。国際棋戦でますますがんばっていかないとと思います。」


一日目(2011/5/16):井山裕太(黒)対李世石 黒番中押し勝ち(リンク先LGS 棋譜再生)



二日目(2011/5/18):古力(黒)対 井山裕太 白番中押し勝ち(リンク先LGS 棋譜再生)




sina.comの動画。CCTVの朝のニュースで「超覇戦:古力、銀」の報道。対局映像がちらっと映ります。
井山名人のコメントシーンはありません。
「日本小将」は「日本の若手のエース」の意味。



三村智保九段がブログで「名称が長い・・・」とおっしゃってましたが(たしかに長い^w^)、
この対局の略称キーワードは中国では「金佛山」「超覇賽(スーパーマッチ)」のようです。

日本国内の報道は、日本棋院が大会後にオリジナル呼称を付け替えたり中国語名称に順ずる形にしたり(した影響か?)、
毎日.jpは「博賽杯金佛山国際囲碁超覇戦」、
YOMIURI ONLINEが「金佛山博賽杯国際囲碁選手権」、
asahi.comが「中国・重慶市で開催された日本、中国、韓国の一流棋士3人による大会」「『国際旅游文化祭』の一環」 
と表記にぶれがあります。

主催の中国側の名称「博賽杯金佛山国際囲棋超覇賽」は、単語だけ訳すと”Exhibition Game:Mt.Jinfo International Weiqi Super Match” のような感じです。
日本棋院は「博賽杯」を協調したいようですが(「杯」が付いてるから?)、個人的には中国の報道同様「超覇」を推したいところです。
だって、タイトル呼称として井山超覇!(ちょうは/チャオバ[chao1ba4]:国際囲碁スーパー)のほうが博賽(はくさい/ボーサイ[bo2sai4]:イベント対局、非公式戦のニュアンス)を前面に出すよりだんぜんかっこいいやん。


「井山白菜」で作ってもよかったなー、久しぶりのなんちゃって碁新聞。

20110522_1.jpg

画像は壁紙宇宙館さんから。
posted by もっも at 17:03| Comment(3) | TrackBack(0) | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月10日

フットサル古力さん

中国の古力九段や常昊九段らがフットサルをしている写真特集を紹介します。

sohu.comの写真特集
52枚もある^▽^

5/8、中国棋院チーム対アマチュアフットサルチーム(重慶銀行)との親睦試合だそうです。


古力さん、写真からの判断ですが身のこなしが軽快ですね
スパイクもかっこいい。
常昊さんも。

韓国棋院の棋士らが観戦中。 なんの棋戦のついで? まさかこの試合の応援に来たんじゃないよね?
崔哲瀚(チェ・チョルハン)九段がチームメンバーに入ってる・・・ 
もちろん出場してます。 やっぱりこのために来たのかしら・・・。

最近あまりお見かけしてなかった中国の女性棋士唐莉さんがいたり、

聶衛平さんが監督役で戦術を授けてたり。


中国棋院チームのウエア、見たことあるとおもったら、川崎フロンターレの練習用かなにか?(袖にJのマークも見えるような・・・)


2009年の親睦試合の動画がありました。↓ 


posted by もっも at 21:00| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月08日

ドラマ「江」の碁、秀吉の念書

NHK大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」の囲碁シーン登場の二回分を見ました。
※ 最期の一手の棋譜が抜けてたので追加しました。

第13回「花嫁の決意」(4/10放送分)
第15回「猿の正体」(4/24放送分)
連休中に見直して思ったのは「このドラマ、案外玄妙幽玄かも知れぬ!」です。

囲碁シーンが出てくるこの2回は江の最初の結婚の前後です。

「江」は「碁ぅ」、あるいは「劫”(ゴウ)」なのか?
「江〜姫たちの戦国〜」は江姫の運命を盤上の石に象徴させる壮大なファンタジーなのかも・・・?
そう期待させる演出です。
本記事も長いです。

このドラマはコメディーときにオカルティズム濃厚な演出や役の年齢が合ってないようなキャスティングに違和感が大きくて放置してたのですが、いわゆる「NHKの大河ドラマ」に期待するイメージを抜きにすれば楽しめると思います。
(しかし、期待値や先入観にかかわらず大抵の視聴者はそんなに気合入れてテレビドラマを見ないものだから、脚本やこだわりの細部というよい意味の「けれん味」に目がいくようにしてほしい。毎回録画再生にこんなに時間とエネルギーかけられないわ・・・。^x^)


今回は第13回「花嫁の決意」(4/10放送分)のこと。
秀吉の命で江が織田信雄の家臣・佐治一成に嫁ぐまで。

徳川家康対織田信雄の囲碁対局シーンが出てきます。

ちなみに盤面はこんなかんじからスタート。
次、白の家康の手番です。
(盤面はテレビの画像を参考にしました。おかしかったら修正ください)
http://bit.ly/jvLWuh(つぶや棋譜)
詳しくは記事後半で。

13-goban-0.jpg


ドラマは、「戦国時代、娘や姉妹は重要なコマだった・・・秀吉は信長の三人の姪という天下取りに向けての最高の切り札を手に入れた」の語りから始まる。


秀吉から江姫12歳に縁談がもたらされる。
「サルの言いなりで結婚などしたくない」末妹の江、「ありえぬわ〜」と笑い飛ばす次姉お初、「なぜ末の江に・・・」と訝しがる長姉茶々。

三姉妹は秀吉のもとに赴き、縁談のことを尋ねる。
縁談の相手は尾張大野城城主の佐治一成(さじ かずなり)。
三姉妹の母お市の方の姉の子、つまり従兄。

秀吉は織田信長が夢枕に立って「信雄と仲ようやれ」と言ったのだと三人に説明する。

秀吉の形勢判断は、「(信長の次男である)織田信雄(のぶかつ)が羽柴を攻めようと計画している、徳川もそれに与している。このままでは信雄を敵に回し討たねばならない。佐治一成は信雄の家臣、お江が佐治に嫁げば織田家の勢いを取り戻せるかもしれない」というもの。

江は織田家再興に心揺らぐが、秀吉が茶々に執心なのは周知である。
江は目障りな自分が嫁げば秀吉は茶々をものにできると思っているのだろうと言い当て、姉の茶々も母代わりの態度でこの縁談を断る。


※「茶々ではなく江を嫁がせたのは秀吉が江を疎んじたから」という説は植松三十里さんが述べておられます。
この辺りもこのドラマの参考にされたのでは?
リンク先は小和田哲男さん(ドラマ「江」時代考証)と植松三十里さん(時代小説家)の対談「戦国から江戸時代を強く生きた女性たち」http://www1.e-hon.ne.jp/content/sp_0031_taidan_201103.html
この対談は興味深かったです。本も読みたくなった。※


また山崎城で秀吉、石田三成、黒田兵衛ら内内の会話では

「佐治は5万石の小大名ながら伊勢随一の水軍を擁する。信長の姪御が縁付けばいくさは俄然我ら羽柴に有利。また、佐治が信雄から離反することも考えられる、それが叶わずとも江が嫁げば信雄の動きを内側から見張ることができる」と。

秀吉の妻おねは「三人の姫様はお市様から預かった大切な姫様、いくさの道具になど!」と憤るが、秀吉は佐治側にこの縁談の申し入れを送る。



場面変わって浜松城。
織田信雄と家康が碁を打ちながら会話。
江と佐治との縁談はすでにここにも届いている。
黒:織田信雄、白:徳川家康

家康「サル殿から縁組が。しかも茶々様ではなく末の姫様にとは。(家康、白1に打つ)」
信雄「誰でもよいのです(信雄、間髪いれず黒2に打つ)。サルめは佐治の水軍が欲しいに決まっておりまする」
家康「ま、見え透いたことをあえてやるのがサル殿。・・・それでいかがなされるおつもりかな(ヒキの画面。信雄、家康が囲む盤面全体が映る)」
信雄「止める理由はない。江など佐治家にくれてやりまする」
家康「しかし、佐治殿が裏切るということは?」
信雄「それはありませぬ」
家康「織田の絆はそれほど深いと(家康、白3に打つ)」
信雄「さよう(信雄、間髪入れず黒4に打ち、二子取り上げる)寝返りなど断じて!させませぬ」

※ドラマの囲碁シーンの監修をした桑原晋平六段によると、家康の次の一手が「いい手」だそうです。
(桑原さんによるレポート記事「週刊碁 2011年2月7日号」掲載から。)

白、どこに打ちますか?
棋譜再生 http://bit.ly/klP5dj

13-goban-4.jpg

家康「(信雄をじっと見て)なるほど・・・(家康、江姫が秀吉を打擲するのを唖然と見た場面を回想)あの姫様をサル殿が出そうとした訳・・・分からなくもないのう(家康、5に打つ。)」

※白5の図はもう少し下にあります。


ここで囲碁のシーンは終わり。

桑原六段によると、監督側から盤面作成について注文も多かったそうです。
これは「家康にいなされる信雄」のイメージとのこと。「信雄はうまくやってるつもりが、家康の最後の一手でギャフン!と言わされる。しかも打たれてから『アッ!』となる感じ」だそうです。
白1
gou13-1.jpg
黒2
gou13-2.jpg

黒2までの盤面全体。
13-3-goban.jpg

白3、黒4
13-5.jpg


白5・・・ギャフン!
13-6.jpg

白5は上辺へ。
13-goban-5.jpg

ドラマでは映りませんでしたが、是非「ああっ」な信雄のリアクションを想像したいところ。

織田信雄(wikipedia)、戦国時代の武将としては「時流を見る目のなさによる失敗が多い」おっちょこちょいだそうです。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%94%E7%94%B0%E4%BF%A1%E9%9B%84


(信雄より碁が弱く、歴史も弱いので助けて〜
白1,3,5で黒に二子取らせて右上を白一色にできたということ?
白5で黒に二眼できないということか。

黒は白5に早く打っておけば生き延びたということ?

「信雄に二子取らせる」は何の比喩なんでしょう? 
江姫と武功? 領地?)


さてドラマは三姉妹のいる安土城に切り替わる。
寝所のパジャマトークでは「婚儀の話進みませんねえ〜」とのんきなお初チャン。
「スイーツ女子」として物語にスパイスならぬバニラエッセンスを振りまいてくれる存在です。


江は「織田の誇りを守ってほしい」との母の言葉を思い起こし、縁談を受け入れ安土を出た。
長姉の茶々は、秀吉の妻おねから江が秀吉に書かせた念書を見せられる。
この輿入れで織田の繁栄といくさの回避だけでなく姉を守ろうと、秀吉に「茶々に邪心を持たぬ」と誓わせていたのだ。
守らねばと思っていた末の妹にここまで守られていることを知って涙する茶々。


大野城で江が佐治一成と対面するころ、
秀吉は信雄相手のいくさを起こす。
信雄は秀吉が内通したとして、秀吉の家老を3人も斬り殺した、看過できぬと。
佐治が秀吉側に寝返るか・・・?

(※ここ、あっさりセリフで流されましたが
これは天正12年(1584年)3月6日の伊勢長島城での謀殺の件だそうです。
秀吉に内通したとして信雄に殺されたのは岡田重孝、津川義冬、浅井長時。
彼らはもとは「織田信雄の三家老」で秀吉が懐柔していたらしい。
秀吉の「わしの家老」の表現だと、家老を間者として送り込んだニュアンスなんじゃ??

ともかくこの件が発端となって小牧長久手の戦い、秀吉軍対信雄・家康連合軍の戦いになる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E7%89%A7%E3%83%BB%E9%95%B7%E4%B9%85%E6%89%8B%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

ドラマ「第13回 花嫁の決意」の内容はここまで。




今回の囲碁以外のわたしのフォーカスは「念書」です。

江が秀吉に念書を書かせたというのはドラマの創作部分でしょう。

三姉妹のやり取りは「お嫁に行きたくなーい」「秀吉キライ〜」とかきゃぴきゃぴした今どきの女の子を感じさせますが、よく見ると江はしたたかですね。
自らの結婚を秀吉が姉に不可侵とすることを条件として受け入れる、これぞ戦国時代の政略結婚、合戦中心の争いではない「姫たちの戦国」。

しかし、後に(秀吉が茶々を側室に迎えるという史実どおりの展開で)、江が書かせた念書は反故にされてしまいます。

現代の契約書と同様、当時の誓約にはフォーマットがあり、神仏を頼みに誓うとするのが固い。

参考例:国立公文書館所蔵の『浅井久政同長政連署起請文(朽木家古文書)』(リンク先の三点目の画像:クリックすると大きくなります)。

http://www.archives.go.jp/exhibition/popup_haruaki_23_haru/popup_haruaki_23_haru_01.html

これはお江の祖父と父・浅井久政と長政が朽木元綱との連盟を約束する書状。

起請文(きしょうもん)は前書(まえがき)の後に神文(しんもん。罰文とも)からなります。
前書には契約内容とそれに関わる人物による署名、神文には誓約を破ると神仏の罰をこうむる旨が記されています。
神文はここでは熊野の那智大社の護符の裏に書かれており、ヤタガラスの印判で文字を形象しています。

現代の契約は法の下ですが、当時は神仏の立会いの元に成立、とも言えるでしょう。


江姫は当時の武将間の公文書ルールを使いこなせず、秀吉に「お姫さまのお約束(はあと)」的にいなされます。
(ドラマでは秀吉が「ちかひ申すこと 一の姫に邪心を持たぬ」としたため、秀吉の署名、花押のみ。)

この後江が佐治一成とも離縁にさせられたことで、この婚姻を交換条件にした念書自体が不成立、と一笑に付されてしまいます。


もしここで正式な誓紙を婚姻を条件に入れずに交わしていたら
「おのれ秀吉、神仏に代わって成敗してくれる〜!!」とお江が兵を挙げるという展開もありうるのかもしれませんが、歴史を覆さない大河ドラマではそうはなりませんでした。

(まあ、当時の武将・・・とくに信長や秀吉は誓詞がなんぼのもんじゃいとばかり約束破りも多かったのでフォーマットを整えていたらよかったともいえないわけですが。)



「江」の観賞はまだ続く。

いろいろやりたかったのに連休が終わってしまう〜><
posted by もっも at 20:03| Comment(7) | TrackBack(0) | 江戸時代の碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月06日

囲碁普及に熱い張栩さんと台北

棋城の記事からもう一つ。張栩さんの囲碁普及活動支援の話。
棋戦で活躍するのみならず、囲碁普及支援にも積極的な張栩さん。


元記事
張栩、無料の囲碁学習を支援(棋城の記事)
http://www.9star.com.tw/showtalk.asp?id=982


記事訳ここから→→

張栩は恩義を忘れない人である。
棋聖二連覇の就位式では日本の震災義捐金として1500万円の寄付を表明した。
今回は台湾の囲碁を学ぶ児童らを喜ばせた。
5月27日夕には大安国民中学の生徒と青年杯の児童と楽しく過ごす「張栩と話そう」夕食会を開く。
また父親の張遠錫が台北体育総会囲碁協会副理事長就任の際「2000名の児童が無料で囲碁を学ぶ」ことを発起し、張栩はこれに賛助の意を述べた。台北市内の囲碁委員会所属の囲碁教室が張遠錫・張栩父子の熱意に応えて10の入門クラスを提供することにした。

これは張栩の恩返しであり(台北囲碁界からの)思いがけない贈り物でもある。

←←記事訳終わり。


情けは人のためならず身に廻る、ですね。

楽しい夕食会が気になります〜




ラベル:張栩
posted by もっも at 19:25| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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