2011年02月25日

紙芝居「碁聖本因坊秀策」

youtubeに「碁聖本因坊秀策」の生涯を描く紙芝居。

備後弁でのやりとりや絵の雰囲気もいい感じです。

前編 

後編
posted by もっも at 16:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

海外に門戸を開く棋戦(黄龍士佳源杯)

前回の記事のコメント欄
「黄龍士佳源盃(黄龙士佳源杯)」という女流の世界戦があり、中国韓国台湾の女流で予選が進行中、とさこさんから教えて頂きました。

黄龍士(黄龙士)??なにそれなにそれ? と調べてみたら、中国棋院主催の国内女流棋戦としてそもそも作られたもののようです。
中国国内の女性棋士を主対象として運営するけれど、外部に告知はするし参加希望者は拒まないという姿勢で第一回を開き、二回目の今年からは団体戦も新たに加わりました。


主催の中国棋院からの2010年第一回のアナウンスに、
http://games.sports.cn/weiqiorg/bulletin/2010-03-23/1990885.html

「参加資格:中国囲棋協会に登録する女性プロ棋士及び主催者が特別に参加を認める女性棋士
とあり、参加希望者への申込案内もありました。
(第一回は「全国囲碁女子名人戦」、第二回は「全国」を外して「囲碁女子名人戦」となっています。)



2011年第2回のネット上の告知には詳しく書かれたものが見当たらなかったのですが、
中国女流を鍛えるという大会趣旨は変わっていない様子。

 

中国は女性棋士の強化育成が課題の一つだそうです。
囲碁データベースさんの記事「中国女子以後の現状(2010・2・16 韓国棋院ニュースからの訳)」
http://igo.web.infoseek.co.jp/cgi-bin/dailyigo/news.cgi?mode=past&no=5133

若い層が薄く、今後の棋力維持と向上が危ぶまれる。(何年生まれから何年生まれの棋士がいないとか細かいこと書いてある記事を読んだけど、大分前のことで見失いました・・・多分中国語だったのでsohu.comかtom棋聖道場。)
中国国内ではリーグ戦が人気だけど、女流棋戦にはなかなかスポンサーも付かないので女性は対局機会も少ないのだそう。
はっきり言うと大半の中国の女性棋士の収入は職業としての成立がむつかしいレベルらしい。
(リーグは古力さんとか孔傑さんといったトップ棋士が地域とスポンサーの名前のついたチームに所属しており、ファンはチームを主に応援するという仕組み。男女を分けているわけではないようだがトップの甲級リーグに女性はいない。)


この黄龍士杯の運営は、自国の女子にもっと対局の機会を、いろんな棋士の胸を借りて鍛えさせられる場を、しかもそんなに金をかけずに、という思惑の表れに見えます。

 

第二回については、下記racing chinaの記事から抄訳。
http://www.racing-china.com/pub/collgymnastic/2011/0130/204088.htm


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  第二届“黄龙士佳源杯”围棋女子名人赛规程

◯主催:中国囲棋協会、姜堰市政府
◯対局会場:中国棋院

◯棋戦概要:
シードの8名(2010年度各棋戦優勝者、名人戦準優勝者まで。不足の場合はランク順に指名)と他予選で選出した16名、計24名による本戦(単純トーナメント)。
競技規則は最新の中国囲碁規則に拠る。持ち時間2時間、秒読み1分×5回、時間切れで負け。遅刻45分で棄権とする。

◯期間 2011年2月26日〜3月2日
(※こう記されてるのだけど、25日現在まだ各国が予選中です。
追記:
西子林ブログさんによると韓国・台湾の予選が「第一回世界女子囲碁団体戦」ということなので、中国の個人トーナメントと中韓台の団体戦をいっしょにやっちゃおう、ということのようです。今年は団体戦としては一回目なので第一回黄龍士杯とあったり、個人戦は二回目だから第二回黄龍士杯とあったり分かりにくい。)

◯参加費用:外部から参加する棋士には500元を補助する。その他の費用は個人負担。

◯対局費及び賞金:一回戦500元、以降500元ずつ追加する。優勝賞金10万元、準優勝4万元。
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中国・韓国・台湾の参加棋士が出ています。

中国のシード参加棋士は8名。鄭岩、李赫、王晨星、王祥云、曹又尹、唐奕、張璇、鲁佳  
予選選抜での参加は以下の16名。穆暁紅、叶桂、宋容慧、范蔚菁、金茜倩、於之莹、崔寧、李小溪、閔娜、陳一鳴、潘陽、孟昭玉、汪慧、沈穎、喬詩堯、蘇h玮
 
韓国は30名が予選に参加して3名選出。趙惠蓮-李瑟娥,文度媛-朴志娟の組み合わせで予選決勝、ここから2名。朴志恩九段はシード。
台湾は5名で総当たり戦、3名を選出。黒嘉嘉、黨希ホ、張凱馨、蕭愛霖、蘇聖芳。黒五段は二局連勝で早くもほぼ当確か?


日本は・・・というと情報がないのですが、2010年第一回に日本の棋士が出場したという話も聞かないし、日本棋院のサイトにも情報ないので不参加、でいいのかな。 
どなたか情報あれば聞かせてください。


 


この棋戦の運営スタイルから、塔矢行洋引退後の『ヒカルの碁』のエピソードを連想しました。
(旧コミックス21巻 第169局『期待を背に!』)
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塔矢行洋は日本棋院の棋士を引退後中国リーグや韓国のプロアマオープン三星火災杯に参加して元気いっぱい。

作中の日本棋院のスタッフの会話
職員「でもオレは塔矢行洋の名人戦を見たいね!」
吉川「ムチャ言うな。引退した棋士に参加資格はないぜ」
編集長「その規約を変えちまったらどうだ?
日本棋院・関西棋院の棋士でなくとも参加できるようになればいいんだ。
(中略)
塔矢行洋が欲しければ門戸を解放しろということだ


大胆な意見だなあ〜 と思ったけど、実際にこういうのが可能なんですね。
外部の「塔矢行洋」をあてにするというより、切磋琢磨させる中で新たな塔矢行洋も育てられるだろう、という期待があると思います。

 


ちなみに上の棋戦の冠「黄龍士」とは、中国の歴史上の棋士の名前だそうです。
http://www.tznet.cn/folder34/folder36/folder49/2009/08/2009-08-2729083.html
現在の江蘇省姜堰市生まれ、1652年〜?年没。人格高潔にして棋力比類なし、棋譜百余のほか棋書も遺し、「清初十四聖人の一人」といわれるそうです。

 
posted by もっも at 16:03| Comment(6) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月24日

羽扇綸巾にズームイン

先日中国の囲碁サイトTOM棋聖道場で、 「羽扇綸巾」とキャプションが付いた中国天元戦の画像がトップに上がっていたので、三国志?? とフォトギャラリーページに行ってみました。


※羽扇綸巾(うせんかんきん)は映像でもマンガでも諸葛亮孔明を描くときの定番ファッションとなっている、ジュリ扇とふくらみ方の悪い山形食パンみたいなかたちの帽子のセット。
当時の文化人の普段着だそう。
(・・・この説明だとなんかちがうモノを伝えてしまいますね。
羽扇綸巾を検索したら、誰もが被ってみたい孔明帽子天才軍師になりきろう!孔明扇として販売されてました。これでどうだ。)



TOMのギャラリーを7枚目から順に見ていくと、カメラマンが11枚目ベストショットに向けて力いっぱい寄って行くのが画像を通して見える・・・! 

孔明コスプレではなく、普通のセーター姿だけど、
以前見た中国名人戦での赤い皇帝服を着ての対局(過去記事)みたい。

対局相手も盤面もしばしそっちのけ。^w^


忘れられがちな対局は、同里杯天元戦準決勝(2011/2/19) 
俞斌(黒)  時越(302手完 黒中押し勝ち)
棋譜はこんなかんじ。(リンク先TOM)
(TOMの表示崩れ防止のためinodiaryさんの無料スクリプト導入を推奨。)


右下は最新型と解説がありました。わたしには分かりませんが、黒番孔明の策略を研究したい人は扇子片手にどうぞ。


[追記]
あとでアッと思ったけど、俞斌さんの持ってる扇子に書いてあるのってもしかして諸葛亮の記した出師の表(すいしのひょう)(wiki) ?
目を凝らしたけどよくわからない。こんな扇子まであるらしい・・・
ラベル:羽扇綸巾
posted by もっも at 21:22| Comment(2) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月21日

講座3/5(土)『古文書からみた囲碁家元本因坊家』

江戸楽アカデミー春季講座で江戸時代の囲碁についての一日講座が開かれます。
http://edoken.shopro.co.jp/edogaku/index.html

 
講座名: 『古文書からみた囲碁家元本因坊家−囲碁のルールから歴史まで−』


日時:2011/3/5(土)13:30〜15:30 

受講料:3,150円 

定員:35名


会場:小学館集英社プロダクション多目的ルーム
(東京都千代田区神田神保町2-18 SP神保町第3ビル1F)
[交通]地下鉄神保町駅より徒歩2分・JR水道橋駅より徒歩約11分)


講師:高尾善希氏


主催:小学館集英社プロダクション 
共催:小学館アカデミー
   
申込:申込書を《FAXまたは郵便》で江戸楽アカデミーに送付する。

※詳細はリンク先(江戸楽アカデミー春季講座メインページ)で確認のこと。

申込書のダウンロード/入手問い合わせもここから。

※申込後、受講料支払いのための請求書と受講証が送付される。

※その他、各分野の一日講座や連続講座あり。
詳しくは江戸楽アカデミー春季講座コース・クラス一覧をチェック。本講座のこともここに掲載されてます。
http://edoken.shopro.co.jp/edogaku/edogaku_schedule.html


※申込はお早めに☆

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講師の高尾善希(たかおよしき)さんは囲碁棋士の高尾紳路九段の実のお兄さんで日本近世がご専門の歴史研究者です。

高尾善希さんブログ 自己紹介ページ
http://takaoyoshiki.cocolog-nifty.com/about.html
江戸時代研究の休み時間
http://takaoyoshiki.cocolog-nifty.com/edojidai/

youtubeでもゆるたのしい江戸学講座の講師をされています。
大江戸わいドSHOW(リンク先:全回分リスト)
下は第一回のご挨拶ですが、毎回10分弱で I love 家茂、江戸時代のお金、千社札、などいろいろなテーマです。



音声悪いけど「実兄が語る高尾紳路九段」もあります。・・・弟さんは恥ずかしいだろうな、こういうの^x^





3月5日の講座はわたしもウキウキ参加希望です。

posted by もっも at 20:27| Comment(3) | TrackBack(0) | 囲碁イベント/大盤解説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月20日

佐為と秀策と水野忠邦

『ヒカルの碁』の第一話のシーンから。
(下のyoutubeでは1:30くらいから)

小学6年生の進藤ヒカルが学校で社会科のテストを受けている。(コミックス1巻では自宅でテストの直し。)


3:30くらい〜

ヒカル「佐為、おまえ知ってるか? 天保の改革って」
佐為「天保の? 老中の水野様が始められた?」
ヒカル「それそれ!」
佐為「ああ、懐かしい。一度城中で碁を打ったことがあるんですよ」

(ペリーの浦賀来航についても聞いていましたがペリーの件はまた別の機会に譲る・・・)
(どうでもいいけど、ヒカルの回答欄を見ると「徳川綱吉、水野忠邦、伊藤博文」って。ずいぶん幅広い試験範囲。学期末まとめテストなのか、ヒカルが間違ってるのか。)


天保の改革は1841〜43年、
ペリーの浦賀来航は1853年。

作中のやりとりは、囲碁に未練を残す幽霊・藤原佐為が以前とりついていた「本因坊秀策」とはどのような時代に生きた人かを読者に説明するものです。
秀策は町人文化が爛熟し開国に向かう江戸時代後期の人物であることがわかりました。それとお城に上がって碁を打っていたこともさりげなく宣伝。
(プラス、この当時のヒカルの悪ガキぶりの説明・・・小遣い止められたからっておじいさんの蔵に侵入して碁盤を盗んで売ろうとしてるし、テストをカンニングするし・・・ビルドゥングスロマンだから主人公が物語の冒頭は未熟な道徳観なのは仕方ないとは言え・・・むちゃくちゃな奴やな><。)



わたしは『ヒカルの碁』をアニメで知って、この天保の改革云々のやりとりがとても印象に残ったもののその後の物語の展開に追われてそれ以上追求してませんでした。


時代と碁の関わりを調べて最近考えたことのまとめ。

ほんとうの秀策は城中で水野忠邦とは打ってなさそう〜。



(『ヒカルの碁』はフィクションだからそこをどうこう突っ込む気はないのですが。
歴史上は秀策と水野忠邦に接点はありえたか? を見る試みです。)



水野忠邦=寛政6年6月23日(1794年7月19日)〜嘉永4年2月10日(1851年3月12日)
本因坊秀策=文政12年5月5日(1829年6月6日) 〜文久2年8月10日(1862年9月3日)

水野忠邦は碁所衆をまとめる役職である寺社奉行も経験しているが、その時期は1817年〜1825年。
秀策が生まれる1829年以前で、寺社奉行としては碁打ち秀策との接点はない。

また、城中での碁はふつう年に一度将軍(または担当の寺社奉行ら)の前で碁打ち衆同士の対局を披露するものであったので、「城中で老中水野公と秀策が対局する」というセッティングは考えにくい。
そもそも城中は将軍のためにお勤めするところだから、お侍が碁打ちと碁を打つ場として江戸城は変です。

お城碁の後に寺社奉行の屋敷に下がって対局の続きや別カードの対局を見せたり、碁の好きなお大名や商人らが個人的に屋敷に碁打ちを招いたり、ということはあったようですから、打つならこっち。

じゃあ、水野が個人的に秀策とお屋敷で打ったかというと・・・
質素倹約を旨とし遊芸をことごとく退けた水野忠邦が碁打ちを招いた宴を開いたりそれに加わったりするのかな? というのがわたしの見方です。


二人の履歴を重ねてみると・・・。
水野存命期の秀策は、子どもから花形スター棋士まで一気に駆け上がっていきます。

一方の水野公は波乱万丈。
水野は大御所として権勢をふるっていた家斉公の派閥の影で臥薪嘗胆していたものの、家斉没後に家慶の世となると老中として放漫な財政の立て直しと外国船来襲時への危機管理を目指してばっさばっさと大改革。これがいわゆる「天保の改革」。

芝居や遊郭は城下から遠ざけ、贅沢な服装はダメ、著作は検閲。あれはダメこれもダメ。庶民の生活の楽しみはことごとく規制された。
それでも庶民はこっそり隠れてぜいたくを楽しみたくなるのが定石だけど、このときは街中に隠密を放ってそれも徹底的に取り締まった。
株仲間の解散は複雑になりながらも機能していた流通システムの混乱を招いた。
さらに金利・物価引き下げ政策が労賃の低下も招いたので庶民は生活をさらに引き締め街は陰鬱に活気を失って・・・って平成デフレ恐慌? 似たようなものがあるなあ。

(ちなみに天保の改革が実施されていた1841〜43年の秀策は13〜15歳、初〜四段。
太田雄蔵らとの稽古碁がほとんどで、どこかのお屋敷やイベントに招かれての対局譜はなかなかない。
1841年に秀策は故郷広島への帰省から江戸に戻る途中の大坂で五段の中川順節に四局全勝し、その棋譜は当時の天皇の元にまで届いたそう。
もし奢侈禁止の改革がなければ、話題の秀策はあちこちからお声がかかってたかも。成長期に稽古に集中できたという観点ではこの時期は秀策にとって吉だったのではないかな。)

水野忠邦は国防強化を目指して江戸や大坂を直轄地にするため領地替えを命じたが、この「横暴」な上知令の発令で諸大名らから大反発を受けた。
1843年9月ついに老中職を解かれる。
とかくこの改革はアメのないムチ改革で人臣に背かれた。
財政の立て直しも外交政策も最重要課題だけど、水野は現状把握が不十分で目的に手段が合っていなかったみたい。




水野失脚の報は一夜で城下に広まり、生活を締め付ける法令の連発で怨みを溜めていた庶民が屋敷をとりかこみ罵声を浴びせ石を投げ入れ、門を押し倒し屋敷に侵入しようとまでなった。その寸前で鎮圧された。
後に水野は老中に再任されるが改革の大鉈を振るった影はもはやなかった。




進藤ヒカルが受けた社会科のテストでの藤原佐為のセリフとしては、
「水野様といえば失脚の折に人々がお屋敷に石を投げ込んで大騒ぎになりました〜」

がしっくりきそうなんですが、ヒカルが「えー?! なにそれ!」とかテスト中に叫びそうです。

残されている棋譜や文書が全てではないし、何らかの形で水野公と秀策が碁を打つドラマがあったって面白いとは思います。
秀策は弘化3年(1846年)18歳の時に名人格の井上因碩を破った耳赤の一局で広く名を知らしめ、嘉永2年(1849年)には御城碁に。一方水野忠邦は弘化2年(1845年)に二度目の老中職も辞して隠居の身。
静かな屋敷で水野が秀策に囲碁指南を受けてたら
「水野様、相手を殲滅させるような厳しい攻めは反発を招きます。相手にも与え一目二目でも確実に勝てばよいのでございます。」
「ゴフッ・・・」
・・・そんなのしか思いつかないや。><

posted by もっも at 15:24| Comment(8) | TrackBack(0) | 江戸時代の碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「最古の三コウ譜」

囲碁の棋譜でーたべーすさんで面白い棋譜を見つけました。

有名なのかな?

同サイトによると「最古の三コウ譜」だそうです。

黒:高塩慶治、白:山来椿平(嘉永2年1849年8月15日)

織田信長が本能寺の変の前日に三コウの一局を見て「稀なり、吉兆」と喜んだというエピソードがあり(『ヒカルの碁』にも出てきた)、それはフィクションと言われているそうですが、この棋譜はほんとの対局のようです。

高塩慶治は十二世林有美(はやしゆうび:1832年〜1862年)のこと。
山来椿平はwikiでは山来珍平となってます。
二人とも林門の棋士。


これで三コウ無勝負なんですか・・・
左辺両コウゼキだから、そうなりそうって分かるってこと?
両コウゼキになりそうって分かるのは、黒59? もっと後? それとももっと前??


まあ、どうせ無勝負になるならこのくらい早めにケリをつけたほうが気が楽です。> そんな心がけ・・・(^w^;
(去年見た三星杯の三コウ無勝負の一局はここまでがんばって無勝負なんて・・・とぐったりしました。)


対局日が8月15日、中秋の名月。
観月会などのイベントで趣向を凝らしたのかもしれませんね?
ラベル:コウ
posted by もっも at 11:54| Comment(2) | TrackBack(1) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月17日

ネットに古碁の資料の宝庫☆

最近、江戸時代の碁・・・というよりその碁の背景を探ることに夢中です。


前に徳川秀忠の上覧碁について書いたりしましたが、その関連で、千代田区立図書館とか京都府立総合資料館とかに遠征。
地域資料のコーナーに『徳川実紀』があったり、京都御所関係がずらりとならんでいたり、うわあ、さすがお膝元♪

(そういうメジャー系だけではない細かい史料もあてにして行く。芋づる式に謎が増えている現在・・・。

余談ながら、千代田区立図書館には江戸城周辺の古地図を元にしたカーペットが敷かれていてブラタモリみたいです^^ 
わたしが行ったときは元となった地図も展示されてました。)



最近は各図書館や博物館のサイトから請求だけではなくオンラインでの文書閲覧閲覧もできるのでとても便利ですね。


今回のオススメは国立国会図書館の近代デジタルライブラリーです!
明治・大正・昭和前期刊行の所蔵図書がデジタル画像で公開されています。

たとえばここで「囲碁」を分野検索すると(分野で検索(NDC分類)→7:芸術、体育→79:諸芸・娯楽→795:囲碁・将棋)
じゃじゃーん。

インターネット閲覧に限っても約200件、館内請求閲覧も加えると400件以上がヒットします。
2010年12月末に新たにたくさん加わっているので、以前調べて「ないなー」とがっかりした方もチェック。

方円社の囲碁新報、本因坊丈和の『国技観光』、安井算知の『囲碁捷径(しょうけい)』、『碁経衆妙』、当時の入門書や手筋の本等々。


ここ、古碁好きにはたまらんでしょう。^ー^
国立国会図書館が審査を経て公開しているものなので著作権的にグレー?とか心配しなくていいし、オンデマンドだし。
文書のpdf保存、印刷もできます。


今店頭に並んでいる古碁の解説書にはそれを執筆する棋士さんの現代的な解説が加えられていますが、100年以上前にはどういう解説や評が付けられていたのか、見比べるのも楽しいでしょうね。


もちろん、囲碁だけでない各分野の資料が閲覧できます。

posted by もっも at 22:53| Comment(4) | TrackBack(0) | 囲碁関連ソフト/サイト/道具 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月02日

台湾棋士の新年快楽

今夜2月2日は除夕[chuxi](じょせき)、中華圏の農暦では大晦日です。

台湾の囲碁情報サイトLGSが棋士たちからの拜年(新年の挨拶)動画をyoutubeに公開していました。



周俊勲さんと黒嘉嘉さんがいませんが、知っている棋士さんがいましたか?


冒頭でウサギが喋っている「揚眉気、鴻大展」は、
杨眉气[yang2mei2tu3qi4],鸿大展[hong2tu2da4zhan3]
(心晴れ晴れと元気に、事業が大きく発展する(ように願っています))
のtuを兎[tu4]に置き換えたしゃれです。
それに、「赤いウサギ(・・・ピンクだけど)が巻物を開く」パフォーマンスで红兔[hongtu]展卷も鴻图[hongtu]に音が合い、巻物を開く=勉強を始めるの比喩で実力向上を示す。・・・凝ってるなあ。

■追記(2/3):ウサギがピョンピョンと元気よく入ってくるところ、これって「飞猛进[tu1fei1meng3jin4]」(めざましく進歩発展する)を「飛猛進」で表してるんや! くぅっ。奥が深いぜ。><


新年の挨拶をまだ交わしていない相手がいる方は、今なら「新年快楽♪(シンニエン カイラー)」が間に合います。
2月半ばまでは通用・・・いや、早いほどいいですよね。^p^


棋聖戦第三局まっ最中の張栩さんは、少しは春節らしい気分も味わうんでしょうか。普通に富山のおいしいお魚を食べてるんでしょうか^^
posted by もっも at 21:44| Comment(6) | TrackBack(0) | 動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月01日

謝依旻さんが女流棋聖防衛

謝依旻女流三冠が女流棋聖戦を2−0で抑え、昨年獲得した同タイトルの初防衛を達成。
自身の女流タイトル獲得を10期に延ばし、史上最多記録に並びました。
最年少21歳での記録です。

日本棋院サイトの記事

1局目が1月27日(木)で一週間も空けずに2局目。
あっというまのシリーズでした。


この対局の告知ってありました? 
幽玄の間で中継されないときはタイトル戦でもお知らせしないのかな?
(いまだに日本棋院サイトのルールが分からない・・・。)


ともかく、3月には女流名人戦。
挑戦者は同期の向井千瑛四段。
いい勝負を見たいものです。


そうそう、
以前のお二人の対決がマンガニュースになってたんですよ。
(リンク先:漫画の新聞。全2ページの記事。
2010年女流本因坊戦:謝依旻女流本因坊対向井千瑛挑戦者。謝依旻、女流本因坊4連覇のニュース。)
絵がむちゃくちゃかわいいの。



posted by もっも at 19:38| Comment(3) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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