2010年06月30日

アジサイで詰碁?

毎日通るところのアジサイが碁盤の碁石に見えます。(碁で頭がいっぱいかというとそうじゃないんですが)
ajisai.jpg

こんなふうな配石に見える↓ 
何かアジサイを足すか引くかすれば
上半分と下半分で詰碁二題になりそうな・・・ならなさそうな・・・自分ではできないくせに・・・
よく分からないけど
ajisai0.jpg

左上が黒生きで右上が白生き?
つまり急所をもう押さえてる?
急所って・・・どこだったの??^▽^; ←かわいそう・・・

左下のほうが詰碁っぽくなりそうなのかなあ・・・。


ぼやぼやしていたら6月が終わってしまいます! ><
LG杯とか、テレビアジアとか、本因坊戦とか、碁聖戦とか、もりだくさんなのに、全然追いついていません。
山下さんが初めて本因坊を獲得しました。おめでとうございますぴかぴか(新しい)
ラベル:分かりません
posted by もっも at 00:12| Comment(4) | TrackBack(0) | 詰碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月12日

二世安井算哲の初手天元(勝手読み)

『天地明察』に出てくる本因坊道策対二世安井算哲(渋川春海)の御城碁の初手天元の一局について考える。

1670年10月17日 二世安井算哲(黒)対本因坊道策 白9目勝ち
リンク先棋譜再生(囲碁の棋譜でーたべーすさん)

※碁そのものの内容については高尾紳路九段が「たかお日記」で、
依田紀基九段が「依田流並べるだけで強くなる古碁名局集 第二集」(マイコミ囲碁ブックス)で解説されています。
高尾さんのはブログだからサワリですが、同じ局面でもお二人の解説の仕方が違ってて興味深いです。



※注意:以下は『天地明察』の物語内容に触れています。
小説には小説の書き方があるとした上で、算哲の意思についてあくまでわたし個人の勝手読みです。
長いので続きを読むに入れました。
無茶なことを始めたなあと呆れながら素人解釈を見物する方はどうぞ。
続きを読む
posted by もっも at 10:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代の碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月10日

『天地明察』の三角形:渋川春海の誤謬(ごびゅう)と天元術

『天地明察』に出てくる三角形の問題。渋川春海(二世安井算哲)はどうやって間違えたか。

tenchimeisatsu-sangaku.JPG

正答の導き方のいくつかは 奇想庵さんのこちら にまとめられているのですが、
わたしが気になっていたのは、作中の春海が導いた「直径10寸」
「ひらひらと誤謬の二文字が」・・・まあそうですね、一番短い辺が9寸ですから。それはありえません。

そしたら、「一歩すすんで二歩さがる」さんが、二次方程式での解の導き方を出していらっしゃいました。
すごい☆ 10寸出た!!

解法はこちらを参照。


(じつはわたしが一番最初に引いた補助線がこの解法のものでした。画像があったので貼り付けます。でも自分ではどこで間違ったのか、10寸にも7分の30寸にもならなかった。もう、いつもかっこわるいなあ・・・。)


tenchimeisatsu.JPG



なるほど、「一歩すすんで二歩さがる」さんの解法から、春海(算哲)は二次方程式で解いていたように見えます。

解が二つあるうちの間違った方をぱっとつかんでしまった、と。


このシーンは寛文元年(1661年)晩秋。
算木を用いて高次方程式を解く中国の「天元術」(wiki)のテキスト朱世傑の『算学啓蒙』(1299年)は日本では万治元年(1658年)に刊行されたばかりだったそうです。
算学好きの春海がこの本を早速手に入れてここでの解法に二次方程式を利用した、というのは説得力があるように思います。
(きっと彼は「へええ、未知の数を天元の一とするだって!」とウキウキしたはず。)


一方の「解答さん」関孝和は天元術を発展させた高次方程式の解き方「点竄術(てんざんじゅつ)wiki」を確立させた人ですが、このときの解法はどうでしょうね? 




また、和算の本によると(立ち読みだったのでタイトルを失念・・・)
ここで出題者となる村瀬義益が「最近算額とやらが流行っているらしいが何を考えているのやら・・・」と困惑したという逸話もありますが・・・いやいやそんなマニアックなの気にしてたら物語の創作なんてできないでしょう☆



それよりも当時の幾何では円の接する図形が最もエレガントな(「ゆかしき」?)問題とされたそうで、この出題はなかなか当を得たものに見えます。
ラベル:算学
posted by もっも at 20:29| Comment(3) | TrackBack(0) | 天地明察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月09日

本因坊戦第三局

本因坊戦、山下敬吾挑戦者が二勝目を上げました。

「中原」こと奈良の鹿は山下が得た。おめでとうございますぴかぴか(新しい)



毎度当局から叱られるのではとどきどきしながら・・・
鹿られる・・・しょうもない・・・

なんちゃって碁新聞です。^w^




20100609.jpg



そうめんは唐から奈良県桜井あたりに伝わったそうです。
右の画像は三輪そうめんを乾燥させているところ。

ハート形に結んだ「恋そうめん」というのもあります。かわいいv


平城遷都1300年記念 大遣唐使展(奈良国立博物館 6/20まで)


素材
( Photo by (c)Tomo.Yun )

フリー素材の来夢来人
posted by もっも at 20:09| Comment(0) | TrackBack(0) | へいほう碁新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月08日

本因坊戦が奈良で

今日から明日にかけて、奈良で本因坊挑戦手合第三局が行われています。

今年、奈良は平城遷都1300年を記念して平城遷都1300年祭が開かれているのです。

(その縁もあって今回奈良での対局だと思っていたのですが、1300年祭の関連イベントには本対局のこと書かれてませんね・・・違うのかしら。毎日.jpの記事でもそんな記念対局のニュアンスはなかったのでやはり偶然なのかな?)


お時間があれば是非、奈良国立博物館で展示中の「大遣唐使展」『吉備真備入唐絵詞』の囲碁のシーンなんてご覧になっていただけたらなあ、なんて思うのですが、
一日目に39手しか進んでいないので明日はとうていそんな時間がなさそうでしょうか・・・。(;;)

(ほんとは、その絵巻のなかで吉備真備と名人のどちらが黒番かを確かめたいのです。しかし本因坊戦を戦う方々に見てきて!てパシらせるのは失礼千万です。
ネットの画像を拡大してみたら唐の名人が黒石持ってるように見えるんですよ。でもストーリー上は真備が黒番になるらしいのです。まあ、絵を描く人が必ずしも碁を理解していたかも分からないのですが。気になる・・・^w^ 
この話と『家康・江戸幕府と碁』が現在わたしの囲碁ミステリートップ2です。)


せんとくんこんにちは



奈良とけい

奈良の会社設立屋が送る奈良画像

「はじまりの奈良、めぐる感動。」

本因坊戦はどういう展開になるでしょうか。
ラベル:本因坊戦
posted by もっも at 22:32| Comment(3) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

張栩さんの高校での囲碁普及続き

張栩さんが台湾の高校:華江高中での囲碁コース開設に尽力している話を前に書きましたが、
それの取材記事を見つけたのでシェア。

記事はこちら。写真も多いです。

華江は張栩さんのお母さんの母校だそうです。
(経緯を推察すると布石構想はお母さんとお父さんですね。)
台湾台北地区では南山高中に次ぐ第二の囲碁コース設立。
南山が棋力向上に特化しているのとは異なり、囲碁文化や囲碁を通じての人間教育にも注力するのが特徴。(こういうところは日本的なかんじがします。)

記事写真ではサインをもらいにくるのが女子学生ばかりだった^x^


ラベル:囲碁普及 張栩
posted by もっも at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4路詰碁の解説動画

前に紹介した張栩さん出題の4路盤詰碁プロ仕様むつかしい方の解説動画。

黒先白死
upt9s7.png

解説動画(棋城サイトより。約2分40秒)



解説は台湾のプロ棋士林至涵国手。

説明は台湾中国語ですが
「黒の第一手を白がアテ、黒もアテ、トッテ
コウになり、ここで黒は取って、・・・まだこんな手が。こーなってこーなって・・・まだ終わってませんよ、
・・・こーなってハイ、これで白の死。
4路盤はこんなに小さいのにいろんな変化があるんですね!」
というニュアンス(もっとエレガントだけどわたしの碁語力が・・・><)と会場の「ぽかーん°o°」な雰囲気を。

画面が少しゆらゆらしてるのと白石が光って見えづらいのが難点です。

posted by もっも at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 詰碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今さら棋聖戦:張栩の扇子詰碁&謝依旻・王立誠解説風景

何を今さらの2010年1月の棋聖挑戦手合、台湾対局関連動画が面白かったので。

1。ファンの扇子に詰碁を書く張栩さん。
このカメラ位置は自分が書いてもらってる気分になれます。
詰碁の細部まではさすがに見えませんが・・・。

動画はこちら(約30秒)



2。謝依旻さんと王立誠さんによる大ホールでの対局解説。
台湾での台湾棋士による解説なのに解説は日本語なんですね・・・フシギ。
音声とカメラワークがあまりよくありませんが雰囲気だけでも。

動画はこちら(約2分)

ほかにも棋城サイトにはいろんな動画が。
posted by もっも at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

対局日程&結果ランキングのサイト 

こういうサイトを探していたんです!!! ぴかぴか(新しい)

という使いやすさと情報量の台湾発囲碁データベースサイト 「奕棋」(イーチー:「碁を打つ」という意味)。

(日本の囲碁データベースさんで教えていただきました。こちらも充実しています☆)


奕棋には、

日本棋士の対局日程&結果ランキング

すごく使いやすい!!
人名抽出での対局日程、成績順並べ替えなどが容易にでき、人名・棋戦にリンクがあるので知りたい情報がすぐ分かる。日本棋院・関西棋院だけの統計にも切り替えできます。随時更新されています。


台湾出身日本所属棋士の今月の対局日程&結果表


日韓中台の昇段制度対照表

(※冠軍=優勝、亜軍=準優勝、循環圏=リーグ、1次=1回。
各国の制度の日本語説明は囲碁データベースさんに詳しい。
韓国の昇段制度中国の昇段制度関西棋院の昇段制度
日本棋院サイトの昇段制度説明。)

などがあります。

很有意思、おもしろいです。^o^
ラベル:サイト
posted by もっも at 12:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 囲碁関連ソフト/サイト/道具 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月07日

家康と碁打ちの続き

前に書いた「家康はなぜ碁を重用したのだろう」について考え続けて夜も日も明けずメシも喉を通らず・・・ウソ。^p^


「分かりません」の続編。

本屋さんの歴史書コーナーに寄り道して、『天地明察』以来気になっている和算の教科書とかを立ち読みしたり、ごはん食べたりして気づいたんですが、

家康と江戸幕府ってべつものだ!?


今頃気づきました。>< 大丈夫か、わたし。

家康が碁打ち本因坊算砂を個人的にお抱えの碁打ちにしたということと、幕府に寺社奉行の元で碁所役というポジション(でいいのか?)が成立する時期は違います。
(算砂をお抱えにした時期がよく分からないけど家康は1615年没、碁所役の成立は1654〜62年頃(らしい。2つの説を見つけた。どう違うのか分からない。))

したがってこの二つは分けて考えなくてはいけない。



家康が碁打ちを経済的に保護し身分を与えた理由は家康の諸芸に対する処遇との対照で、
幕府が碁所役を置いた思惑は幕府(家光〜綱吉あたり)年表を詳しく調べたら分かってくるのでは・・・
ってすでに先行研究があるんでしょうか。

ネットと立ち読みとおうちにある囲碁読み物では経緯が分からない。

日本棋院からそんな資料が出てるかしら。
前に行った棋院の殿堂資料館には詳しいこと書いてなかった気がするけど見落としたか。
・・・とりあえず図書館でしっかりした史料にあたろう。


それと、道策以降の本因坊代々の墓がある本妙寺も気になってるんですが、
ほかの林家、井上家、安井家の墓は決まった菩提寺がネットで調べた限りではよく分からない。

自分でもあれこれ仮説は立てつつ。
調べ物ってウキウキします。
posted by もっも at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代の碁 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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